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情熱ハートストーリーズ指導者編 山本樹コーチ(龍大硬式野球部)

■壁越えた精神力 後輩につなぐ

山本樹コーチ

 昨年10月の舞洲スタジアム。関西六大学野球で4連覇を果たした龍大の椹木寛監督が胴上げされた後、ナインから「たつき」コールがわき起こった。宙を舞ったのは、元プロ野球ヤクルト投手の山本樹コーチ(39)。笑顔をにじませながらも「目標はまだ先にある」と満足した様子はない。プロ野球で日本一を味わった左腕は今、日本一を目指す母校をしっかりと支えている。

 岡山・玉野光南高から龍大へ進み、2年春に4勝を挙げたが、その後に肩を故障。4年夏まで治療に専念した。大学まで目立った実績は残せなかったが、秘めた実力を見いだされて1993年にヤクルトに入団。野村克也、若松勉両監督の下、貴重な左の中継ぎとして、計4度のリーグ優勝を経験した。2001年には日本一を決めた日本シリーズ第5戦で勝利投手に輝いた。

 しかし疲労から故障が目立つようになり、05年のシーズン後に戦力外通告を受けた。現役にこだわって他球団の入団テストを受けたが結果は出なかった。引退を決めると、次の目標が見えてきた。「プロの世界で自分が何を学んだのか。指導者として一からチャレンジしたい」

 日本学生野球憲章が大幅に改正される追い風も吹いた。「プロアマ規定」が緩和され、元プロ選手も引退から2年が過ぎれば大学で指導できるようになった。タイミング良く母校のコーチ就任の話がまとまり、08年1月に母校に戻った。

 学生には高度な配球術を教え込む。バッテリーには「なぜあの場面であの1球を投げたのか」と常に問いかけ、データや駆け引きなどを考え抜いた判断を求める。さらに、技術以上に重視するのが精神面だ。

 昨秋のリーグ優勝を争った大経大との大一番。先発2度目の3年生が好投していたが、七回に長打を浴びて3-2に迫られた。すぐにマウンドに走り「今は1-0だと思ってリラックスしろ」と声をかけ、1点リードの事実だけを再認識させた。一息ついた投手は「あの言葉で楽になった」と完投勝利をつかんだ。気持ちが結果を左右することをプロの世界で痛感してきただけに、「メンタル面は非常に重要。どうやって選手に自信をつけるか常に考えている」と言う。

 自身も精神面の課題を乗り越え、開花した瞬間がある。プロ入り後、緊張感から実力を発揮できない試合が続いていた。ブルペンで140キロ以上の速球が、マウンドでは130キロ台半ばに落ちる。「ブルペンエース」。プロとしての誇りを傷つけられる呼び名が胸に突き刺さった。4年目の試合で、指揮官に「これが最後のチャンス」と送り出された。夢中で投げ切ると、初セーブを挙げていた。「がむしゃらに腕を大きく振れた。不思議なほど一つの記録が自信になり、その後は別の選手のようになった」

 悔いのない選手生活を送れたのは「監督がチャンスを与え続けてくれたおかげ」と振り返り、多くの学生に出場の機会を与える今の考え方につながっている。「潜在能力を引き出すチャンスを与えるのがコーチの大きな仕事」と話す。

 きめ細かな指導で龍大の投手陣は安定感を増し、コーチに就任してからリーグ優勝を逃したことはない。だが狙っているのは日本一だ。「人の心は弱い。だから自分にプレッシャーをかける意味でも、目指す夢は大きくなけりゃね」。高い目標を掲げる理由を、目を輝かせて説明した。

やまもと・たつき
 1970年、岡山県倉敷市生まれ。龍大を経て、93年にヤクルトスワローズにドラフト4位で入団。プロ13年間で27勝37敗10セーブ。宇治市在住。

(2010年1月19日付け紙面から)