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(7)フジヤマのトビウオ

2009年08月05日

 日本水泳連盟名誉会長で、国際水泳連盟副会長の古橋広之進さんが、2009年8月2日、世界水泳選手権が開かれていたローマのホテル室内で亡くなった。80歳だった。戦後、自由形で33回も世界記録を更新、敗戦国・日本に元気を与えた。米国メディアから称賛をこめて「フジヤマのトビウオ」というニックネームをもらった。8月3日付け京都新聞の朝刊では、生前「魚になるまで泳げ」と檄を飛ばしていたエピソードが紹介されている。

2009年1月、文化勲章受章を祝う会で笑顔を見せる古橋広之進氏と恵子夫人。両端は岩崎恭子さんと北島康介さん=東京都内のホテル
2009年1月、文化勲章受章を祝う会で笑顔を見せる古橋広之進氏と恵子夫人。
両端は岩崎恭子さんと北島康介さん=東京都内のホテル

 昭和63年、京都国体で古橋さんに、ほんの一瞬だが話を聞いた。京都国体から「成年2部」種別ができて、壮年層の選手が国体に出ることになった。すでに還暦間近の古橋さんに「国体で泳ぎませんか」と聞くと、「若い人相手に私が勝ってしまうのもねー」と笑顔が返ってきた。大選手の面影を見た。

 「フジヤマのトビウオ」の名は、あまりにも有名だが、昔の名選手は、このような形容詞がよくついた。京都新聞の平成14年10月14日付け1面「凡語」に、そんな話を書かせてもらった。引用した中に、もちろん「フジヤマのトビウオ」はある。「神様」はサッカーならペレ、野球なら「打撃の神様」川上哲治。サッカーには多くあり、「皇帝」はベッケンバウアー、「将軍」がプラティニ、「爆撃機」はミュラー、「空飛ぶオランダ人」はクライフ。プロ野球では、「牛若丸」が吉田義男、「鉄人」は衣笠祥雄、「ミスター」が長嶋茂雄、「ゴジラ」が松井秀喜。陸上で「褐色の弾丸」はヘイズ、「人間機関車」はザトペック、「暁の超特急」が吉岡隆徳、などなどだ。

1949年8月にロサンゼルスで行われた全米水上選手権。400、800、1500メートルの自由形3種目にすべて世界新記録で優勝した古橋広之進選手(左)。右は1500メートル自由形で2位の橋爪四郎選手(AP=共同)
1949年8月にロサンゼルスで行われた全米水上選手権。
400、800、1500メートルの自由形3種目にすべて世界新記録で優勝した古橋広之進選手(左)。
右は1500メートル自由形で2位の橋爪四郎選手(AP=共同)

 それぞれ、プレースタイルや、実績などをひと言で言い表して面白いな、と思って「凡語」に書いた。昔の選手は、すごく個性的で、他の人に絶対真似の出来ない魅力を持っていたのだろう。選手も、冠にいただく名に恥じないように、と絶えず努力した姿が見える。

 「個性」と、わがまま勝手な「ジコチュウ」はまるで違うが、スポーツの世界でも、その見極めはなかなか難しい。