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(26)「スポーツの歴史─7月編」

2012年06月28日

 「筋書きのないドラマ」といわれるスポーツ。さまざまな出来事の中から記憶と記録に残っている昭和時代以前の「月別の名場面」を毎月1回、シリーズで紹介しよう。
 (参考文献=大修館・「スポーツできごと一日一話」、文春文庫・「昭和スポーツ列伝」、朝日新聞・「スポーツ人物誌」など)

【7月】


○5日(1975年) 全英オープンテニスで、沢松和子選手がダブルス優勝
 ─優勝パートナーは、日系三世アメリカ人のアン・清村選手だった。グランドスラム (全豪、全仏、全英(ウインブルドン)、全米の計4大会)での日本女子選手初の優勝という快挙を達成した。決勝の相手は、フランソワーズ・デュール選手(フランス)とベティ・ストーブ選手(オランダ)のペアで、スコアは7─5、1─6、7─5だった。
 沢松選手は1951年、兵庫県西宮市生まれ。16歳のときに67年の全日本室内選手権で優勝。以来、74年まで国内192連勝していた。姉の順子さん、順子さんの娘の奈生子さんもテニス界で活躍した。
 グランドスラムの日本男子選手の優勝は、1934年のウインブルドン混合ダブルスの三木龍喜選手(パートナーはイギリスのドロシー・ラウンド選手)、1955年の全米ダブルスの宮城淳選手・加茂公成選手の3人がいる。

○7日(1896年) バレーボールの元祖といえる競技「ミントネット」公開演技
 ─米マサチューセッツ州ホリーオークのYMCA主事だったG・モーガン氏が、中高年向けの室内ボール・ゲームとして考案、すでに、「ミントネット」という名前で各YMCAに広まっていた。しかし、スプリングフィールド市の国際YMCAトレーニング・スクールで公開演技を行ったこの日(7月7日)、「ボールを床に落とさないように、ボレーでつないでいくゲームだから、ボレーボール(VolleyBall)と呼んではどうか」という提案があり、バレーボールという競技名が誕生した。
 広島県の株式会社IHI(旧石川島播磨重工業)内の旧呉海軍工廠建屋の前には、「バレーボール発祥記念碑」がある。呉海軍工廠がバレーボールの男子実業団チームの第1号ということから1993(平成5)年に建立(当初は別の場所)された。

○10日(1911年) 日本体育協会の創立
 ─日本体育協会は1911(明治44)年、大日本体育会として創立され、2011年に100周年を迎えた。創立の日は長年、はっきりしていなかったが、1964年の東京五輪の年に「7月10日を創立記念日」と定めた。

○13日(1930年) ワールドカップサッカーの第1回大会が始まる
 ─国際サッカー連盟(FIFA)は1904(明治37)年に設立され、第1回のワールドカップは1930(昭和5)年に始まった。会場は建国100周年のウルグアイ。参加国は13カ国で、うち欧州は4カ国だった。2010年の南アフリカ大会では世界198カ国(地域)が参加する巨大なスポーツ大会になった。

○19日(1936年) オリンピック聖火リレー始まる
 ─第11回ベルリン大会のカール・ディーム事務局長のアイデアで始まった。採火式は古代オリンピック発祥の地、オリンピアのゼウス神殿跡で行われ、ベルリンまで7カ国約3000キロを10日間かけて運んだ。聖火リレーは、ヒトラーが威光を宣伝する方法として演出したという側面もあった。