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(35)「スポーツの歴史─1月編」

2013年01月01日

 スキーが日本に本格的に導入され、それから45年後に、猪谷千春が冬季五輪のスキーで銀メダルに輝いた。京都市で毎年開かれる全国女子駅伝が誕生、日本の女子マラソンの底辺拡大、強化を支えている。=敬称略(参考文献─大修館刊「スポーツできごと一日一話」)


○1日(1902年~1937年)アメリカンフットボールの4大ボウル始まる
 アメリカンフットボールのボウル・ゲーム(特別招待試合)は、12月中旬から1月上旬にかけて行われるが、「4大ボウル」は時差を利用して1月1日にそろって行われるようになった。最古のボウル・ゲームは1902年に始まったローズ・ボウル。バラ祭りで有名なカリフォルニア州のパサディナで開催される。1935年には、オレンジ・ボウル(フロリダ州マイアミ)と、シュガー・ボウル(ルイジアナ州ニューオリンズ)が始まった。さらに、1937年には、テキサス州ダラス(現在は同州アーリントン)のコットン・ボウルがスタートした。現在、コットン・ボウルは旧4大ボウルとされる。
 1971年にフィエスタ・ボウル(アリゾナ州グレンデール)が始まった。

○4日(1953年)NHKがラジオで初めて箱根駅伝を実況中継
 ラジオによる長距離移動放送の最初は、有線の固定マイクやラジオカーを使い、1位と2位の距離の差、走者の競り合いを伝えて好評だった。1954年の第8回金栗賞朝日マラソン鎌倉大会でも採用された。

○9日(1923年)大相撲の力士が待遇改善の決議
 大正12年の春場所初日(12日)を前にして、回向院で力士会を開いた。▽(廃業の時の)養老金の倍増▽本場所の収入の1割5分をくれること▽一度十両になった力士は陥落しても相当の処置をすること─の3カ条の待遇改善要求を決議した。相撲協会は受け入れず、力士会では春場所初日の前日に、さらに要求を増やした。協会側は無視、力士側70余人は、「新角会」を組織して番付を編成、三河島の電解工業会の工場に土俵を築いて独立興行をしようとした。これが「三河島事件」である。
 警視庁の赤池警視総監が調停に乗り出し、17日に力士会、協会が受諾。力士側が協会に帰還して26日に春場所初日を迎えた。

○10日(1974年)プロ野球でセーブ記録の採用を決定
 救援投手の功績を公式記録に残す「セーブ記録」。1969年に米国でつくられた規定を、日本でも採用することを決めた。チームがリードしているときにリリーフし、相手を抑えて試合終了まで投げた投手に与えられる。
 第1回の最多セーブ投手は、セ・リーグが中日の星野仙一、パ・リーグは南海の佐藤道郎だった。1976年からセーブ数と救援勝利数を足したものをセーブ・ポイントとし、セ・リーグは76年から、パ・リーグは77年から2004年まで「最優秀救援投手」として表彰していた。
 2005年からセーブ・ポイントを公式記録からはずし、再びセーブのみを採用「最多セーブ投手」として表彰している。

○12日(1911年)レルヒ少佐、日本でスキーの指導を開始
 オーストリアの駐日武官、レルヒ参謀少佐が、新潟県高田第13師団歩兵第58連隊で、10人の青年将校らにスキーを指導した。講習会は2月11日の卒業試験まで続いたという。日本にスキーが持ち込まれた最初については、レルヒ少佐以前にも諸説があるが、スキー技術の本格的な導入は、レルヒ少佐によるものとされている。新潟にはレルヒさんのゆるキャラもある。
 高田第13師団長の長岡中将は、スキーを軍隊の専有にせず、雪国の住民にも開放した。京都の中山再次郎は、いち早く講習を受け、西日本のスキーの先駆者となった。京都府立鳥羽高校の校庭には、中山の胸像がある。

○15日(1939年)安芸ノ海が双葉山の70連勝を阻む
 昭和14年の大相撲春場所4日目、横綱双葉山が西前頭3枚目の安芸ノ海に外掛けで敗れた。当時の大相撲は、年間2場所制で、双葉山は1936年春場所7日目から69連勝していた。双葉山は前年の夏場所の後に、朝鮮巡業に出かけてアメーバ赤痢にかかり、135キロの体重が100キロに落ちていた。
 安芸ノ海はその後、横綱に昇進している。

○20日(1980年)アメリカがモスクワ五輪のボイコットを表明
 この年、7月19日に第22回モスクワ五輪が開幕する。しかし、ソ連軍のアフガニスタン侵攻に抗議するため、アメリカのカーター大統領が1月20日のテレビのインタビュー番組で、「ソ連が1カ月以内に撤兵しないかぎり、オリンピック開催地を変えるか、大会の延期、中止」を指摘、「アメリカチームも参加しないほうがよい」とした。
 モスクワ五輪は、アメリカに同調した日本、中国、西ドイツなど36カ国が参加しなかった。

○23日(1983年)第1回全国都道府県対抗女子駅伝を開催
 陸上女子の長距離強化を目的にした第1回全国女子駅伝が、京都市の西京極陸上競技場を発着する9区間42・195キロコースで行われた。全国47都道府県すべてからチームが参加、千葉県が2時間29分02秒で優勝した。アンカーは増田明美。この大会を通して、日本の女子マラソンは、高橋尚子、野口みずきの五輪金メダリストを出し、全体のレベルアップにつながっている。2012年には第30回記念大会を開催。現在は3区と8区に中学生を配し、ジュニア選手の励みにもなっている。

○26日(1871年)ラグビー・フットボール・ユニオン創立
 イギリスのパブリック・スクール(エリート養成の機関)の「ラグビー校」では、19世紀の初めまで、サッカー系のキッキング・ゲームを楽しんでいた。ある時、エリス少年がルールを破ってボールを手で扱ったことからラグビー系のプレーが始まったとされ、サッカー系と統一化のための会議が1863年に開かれた。
 しかし、サッカー系が大勢を占め、8年後の1871年に遂にラグビー系が独自の連盟を組織した。

○31日(1956年)冬季五輪スキー回転で、猪谷千春が銀メダル
 第7回冬季五輪のコルチナ・ダンペッツォ大会(イタリア)男子スキー回転。猪谷はオーストリアのトニー・ザイラーに次いで2位となり、銀メダルに輝いた。冬季五輪スケート、スキーを通じて日本人初のメダルとなった。1本目6位だった猪谷は、2本目で順位を上げた。猪谷は後にIOC副会長を務めた。