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(38)「スポーツの歴史─4月編」

2013年04月01日

 4月は、オリンピック(夏季大会)、駅伝が生まれた月だ。現在では、五輪は7、8月、駅伝は冬の花のイメージだ。大相撲に中国巡業の歴史があった。現在、外国人力士が多く活躍しているが、中国巡業時には福建省出身の力士がいた。

○3日(1973年) 大相撲が中国親善興行に出発
 北京と上海で歓迎を受けた。北京では、周恩来首相もかけつけて、力士をねぎらった。親善興行には、中国福建省出身の力士・清乃華(昭和43年に初土俵、最高位は十両5枚目、花籠部屋)が参加、人気を集めた。

○6日(1896年) 第1回近代オリンピック大会が開会
 日本では明治29年、アテネで、ギリシャ国王ゲオルギオスⅠ世が開会を宣言した。会期は10日間、参加は13カ国約300人だった。ヨーロッパ以外はアメリカ、チリ、オーストラリアだけで、アジアからの参加はなかった。女性選手の参加はなし。競技は、陸上、水泳、体操(重量挙げを含む)、フェンシング、自転車、レスリング、テニス、射撃の8競技だった。

○10日(1969年) メキシコ五輪で、日本のサッカーチームにフェアプレー賞
 ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)から、フェアプレー賞を受賞することが、日本蹴球協会(現サッカー協会)から発表された。アジアからは日本が初めて受賞。日本は、大会得点王となった釜本選手の活躍もあり、銅メダルに輝いた。

○16日(1978年) 日本で初めての女性マラソン大会を開催
 東京・多摩湖畔で開催。42・195キロのほかに、10キロ、5キロコースもあった。マラソンには49人が出場、46人が完走した。優勝は主婦の外園イチ子さんで、タイムは3時間10分48秒だった。レースは、応援目的もあって男子マラソンが同時に開催された。

○17日(1895年) 大日本武徳会を設立
 平安遷都1100年の記念行事として、京都府を中心に設立された。武道の全国組織化も図り、戦時中は政府の外郭団体になった。戦後は軍国主義的な性格とみなされ、解散を命じられた。京都市左京区には、旧武徳殿の名前で武道場が現存し、剣道の全国的な催しなどに使われている。

○20日(1902年) 日本女性初の野球試合を行った
 日本女子大学校(現日本女子大学)で、第1回創立記念式典と、付属高等女学校の第1回卒業式が行われ、そのエキシビション・ゲームとして、女子野球試合が行われた。学校創設者の成瀬仁蔵が女子の体育を推進した。野球は、女子用に塁間の距離を短くするなど工夫したというが、ゲーム制がどれぐらいあったかなどは定かではないようだ。

○27日(1917年) 京都から東京・上野に向けて駅伝がスタート
 東海道五十三次駅伝競走(読売新聞主催)は京都三条大橋から上野の不忍池畔までの約516キロで行われることになった。不忍池は、遷都五十年奉祝博覧会会場だった。関東軍は早大、東京高師、一高が中心、関西軍は愛知一中が中心だったという。中継点は22カ所。2日後の29日、まず関東軍の金栗四三がゴールイン、開西軍の日比野寛が続いた。京都三条大橋と上野不忍池には、全国都道府県対抗女子駅伝20周年を記念して、「駅伝発祥の碑」が建てられている。