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(40)「スポーツの歴史─6月編」

2013年06月01日

 2013年、国民栄誉賞に輝いた「ミスター」長嶋茂雄が昭和天皇の前でサヨナラホームランを放ったのが25日。6月は、近代野球の初めての試合が行われたり、日本で初めてプロ野球試合がテレビ中継されたり、野球にまつわる出来事が多い。

○3日(1951年) 日本初のテレビ実況中継でプロ野球を放映
 この日、日本橋三越デパートで開かれていた第3回伸びゆく電波と電気通信展覧会の会場で、後楽園球場から試合が実況中継された。マイクロ波による中継だったといい、第1試合は大映─近鉄戦、第2試合は毎日─東急だった。

○5日(1882年) 講道館を開設
 明治15年のこの日、23歳だった学習院講師の嘉納治五郎が東京・下谷北稲荷町の永昌寺に柔道場を開いた。講道館の始まりとなる。嘉納は、江戸時代の発達した柔術に、教育的価値、安全性、競技性などの改良を加えていた。1885年、警視庁で行われた武術大会で大勝し、普及の糸口をつかんだという。

○6日(1965年) 日本サッカーリーグが発足
 Jリーグの前身、日本サッカーリーグが東京五輪の翌年に発足した。年間を通してのリーグ戦は、五輪サッカーの日本代表強化のために来日していたドイツ人コーチ、クラマー氏が提唱したという。初年度の参加チームは、三菱、古河、八幡製鉄、東洋工業、ヤンマー、名相銀、日立、豊田織機の8チームで、東洋工業が優勝した。
 サッカーが日本リーグを成功させた結果、バレーボール、バスケットボールなど、他の球技も次々に日本リーグをスタートさせた。

○19日(1846年) 近代野球の最初の試合
 ニューヨークの「ニッカーボッカー・ベースボールクラブ」の中心人物、アレキサンダー・ショイ・カートライト二世は1845年、自分たちのクラブのためのベース・ボール・ルールを考案した。3アウトで攻守チェンジ、3ストライクで打者アウト、ファウルのときは走者進塁禁止、ボークなどを定めており、近代野球の誕生とされている。
 ルールを決めた翌年、ニッカーボッカークラブとニューヨークナインが、カートライトを審判に初めて試合をした。

○22日(1861年)日本初のボウリング場が長崎にオープン
 時は幕末、長崎出島の外人居留地で、英字新聞に6月22日にボウリング場を開設する広告が出た。しかし、オランダ人たちが、どのようにボウリングを楽しんだかの資料は残されていない。
 2番目のボウリング場は1869年に長崎でオープン、さらに、1897年には京都青年会館にもできたという。

○25日(1959年) 長嶋茂雄が天覧試合でサヨナラ本塁打を放つ
 後楽園球場でプロ野球初の天覧試合、巨人─阪神が行われ、4─4で迎えた9回、長嶋が阪神のエース、村山からレフトポール際にソロのサヨナラ・ホームランを放った。

○28日(1950年) 藤本英雄がプロ野球初の完全試合
 青森球場で行われた巨人─西日本パイレーツ戦で、巨人の藤本投手が三振7、内野ゴロ11、内野フライ3、外野フライ6の計27アウトを奪い、完全試合を達成した。スコアは4─0だった。