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W杯と言語力(連載第118号)

2010年02月04日

【人生初体験のW杯は1974年、今から36年前の西ドイツ大会の三位決定戦だった】
【人生初体験のW杯は1974年、今から36年前の西ドイツ大会の三位決定戦だった】

【その時のW杯グッズで唯一残っているペナント】
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 先日のNHKの放送で、日本人の言語力の低下がテーマになった番組を拝聴した。大変興味深く、サッカーの日本代表にも同様の危機が紹介されていた。要するに日本人は自分の意見を発言することを恐れているということをオシム前監督がインタビューで答えている。

 ゲームで、日本人は味方に対して意思を伝えることが苦手である。前回のドイツ大会で、屈辱の逆転負けをしたオーストラリア戦においてこんなことがあった。後半1-1の同点にされた時、これから引いて守り通す(勝ち点1を取りに行く)のか、攻めて追加点を取りに行く(あくまで勝ち点3を狙う) のか選手の理解はバラバラだった。この衝撃なことは、キャプテンの宮本が述べている。

 その上、途中交替で小野が投入された時のことを思い出す。このとき、攻撃的な小野の投入は、誰もが勝ち点3を取りに行くと思ってしまった。実際は違っていた。当時の監督ジーコは、小野のキープ力を生かして、ディフェンスに余裕を持たせ落ち着かせたかった。つまり消極的な発想だった。結果は最後の15分で逆転と追加点を立て続けに取られて完敗だった。炎天下のピッチで中田ヒデが天を仰ぐ光景がテレビ画面に焼きついている。あっという間に日本代表の初戦は終わった。そこには言語を発して見方に理解させるという基本的なことができていなかった。

 番組では、日本に存在する共通一次試験のようなマークシート方式の影響も挙げられていたが、長年続いている日本の習慣の功罪も起因するとしている。ようするに「あうん」の呼吸といわれるものである。日本人は沈黙を美とする国民で、和を重んじる。言葉を発しないで相手の気持ちを汲み取る「あうん」の呼吸を美徳としている。私もこの「あうん」の呼吸ということは好きだ。しかし、外国にはこの言葉はない。

 沈黙は金でない。番組では昨シーズン、オランダ2部でキャプテンとして活躍した本田圭祐を紹介している。彼の評価は、日本人らしさの相手を見据えた接し方で、新人には単刀直入に、ベテランには納得してもらうように会話を続けている。日本代表でもベテランの中村俊輔に対してフリーキックを蹴らしてほしいと請願している。そこには遠慮はないし、むしろ我を張ることで彼の個性を引き立たしている。

 昨今のサッカーは、システムの構築と美しいパスサッカーを重視して、かつてのか「がむしゃらさ」が失われている。何度も言うがW杯はチャンピオンシップであり、勝たなければこれまでの4年間は無に死することになる。勝てばこれからの4年間が生に値する。ようするにサッカー界の生死を決する戦いなのである。

 先日のベネズエラ戦。地球の裏側から30時間かけてやってきたチームに勝つことができなかった。もうジタバタしてもしょうがない。あと3ヶ月でW杯は開催される。これからの一戦一戦でどうなるのか、岡田監督に託している以上、見守っていくしかないだろう。 今週末からの東アジア大会、注目の日韓戦が待ち遠しい。私は思う。韓国もまた日本同様に重い課題を背負っているのではなかろうか、そんな時は、技術よりも「がむしゃらさ」が必要ではなかろうか、誰か気が付いてほしい。

◇       ◇      ◇

※これからのコラムでは南ア大会までの短期間であるけれど、私のW杯の思い出を付記していきたい。

 今回は写真にもあるように、初体験のW杯は36年前の西ドイツ大会で3位決定戦のゲーム、ブラジル対ポーランド戦。(ミュンヘンオリンピックスタジアム) ゲームは、圧倒的なブラジルの攻撃を守り抜いたポーランドが唯一の逆襲の一点で勝利した興奮した展開だったと記憶している。初めてのヨーロッパ旅行で初めてのW杯を偶然にも体験できた一日であって、これが私のW杯の一歩だろうと思っている。