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W杯までに何が出来るのか(連載第120号)

2010年02月22日

【1998年フランス大会の準々決勝地元フランス対イタリアのチケットとピンバッジ】
【1998年フランス大会の準々決勝地元フランス対イタリアのチケットとピンバッジ】

【左:フランス大会の切手シートを買った】【右:会場前のフランスサポーター】
【左:フランス大会の切手シートを買った】【右:会場前のフランスサポーター】

【左:PK戦 ジダンが目の前で蹴る瞬間を撮った】【右:一喜一憂の大観客】
【左:PK戦 ジダンが目の前で蹴る瞬間を撮った】【右:一喜一憂の大観客】

 東アジア大会の悪い余波が残っている。無残な戦いの結果だからしかたない。これからどうしたら日本代表は良くなるのか、意外と近くで見ている人よりも離れてみている方が的を得ることも多い。私の提案にお付き合い願いたい。

 今日は、精神的なことよりも実践的なことを考えてみた。まず、岡田監督は闘莉王に対して一発退場の責任をどう取らせるのか、彼には注意以上に出場停止処分などを科すべきだ。それで文句言ってきたら、即座に候補も解くぐらいの気構えが必要だ。監督は本気であることを示して、多くの選手にもまだチャンスがあることを再提示することだ。その上、代表候補者に対してそれぞれに宿題を課す。例えば、FWには毎日100本のシュート練習を課す。平山には、その上に50本のポストプレーをプラスする。DFやMFにもそれぞれの不得意なプレーやポジションにあった練習を課す。

 彼らはJの各チームの練習に戻っているが、毎日宿題の経緯をメールで報告させて通信簿を作る。次の合宿までに彼らの問題点を克服させるわけだ。このやり取りで監督との絆を再構築することも可能だ。脱落していく選手もいるだろう。私は日本人は皆優等生で指名や命令がないとダメになってしまう。そんな希薄な人種だから。強い命令出すことだ。チームに遠慮していてはW杯で勝てない。

 私なら、玉田に右足でのシュートを毎日50本追加する。一度、最初からやり直してみることだ。残り数ヶ月、陰でがんばった選手が選出される構図を作れるかどうかだろう。次に長谷部の右サイドバックの抜擢と、松井の左サイドバックのテストをやることだ。センターバックの強化も必要だ。稲本を起点にしたボランチの構築も必要だ。ゲームでは、FW、サイドバックとも速い時点での攻撃の仕掛けを実行する。つまり一旦バックでボールをまわすことなく、サイドの上がりを早くして、彼らに仕掛けさせる。ウイングとしての攻撃を仕掛ける。ドリブルで仕掛ける。FWはもっと長い距離を走ることだ。要するに早めに長い距離を仕掛ける。その中でパスが生きてくると思っている。

 私の基本は守り重視で、その上に大胆な攻撃サッカーを目指して走るサッカーをやる。そしたら日本の持ち味のパスサッカーも生きてくるというわけだ。残り時間で欠点は各自の追加メニューで補い。長所は作戦で伸ばすことだと思う。

◇       ◇       ◇

 W杯の思い出「フランス大会」 4年の一度の祭典がやってきた。私はこれまた偶然にもパリに長期滞在していた。もちろん仕事である。残念ながらサッカーとは関係のない仕事だった。知人らの好意で私にビッグプレゼントがあった。これがその時のチケット。私は、パリのサンドニへタクシーを乗り付けて会場入りした。何度経験しても史上最大の祭典に参加するわけで気分はワクワク・ドキドキだった。残念ながら私一人だった。私は、この時点で2002年の日韓大会に従事すると思っていなかった。もし、解っていたら十分な下見をしたことだろう。私はお祭り気分に浸って会場を一周してから席に着いた。

 ゲームは白熱した。地元フランスチームの優位が誰にもわかった。しかし、イタリアチームもしぶとかった。結局このゲームは、PK戦にもつれ込んだ。そして、私の観覧席の前のゴールマウスでPK戦が行われたのである。このゲームを制したフランスは準決勝でクロアチアを、決勝でブラジルを大差で破ってW杯の優勝を手にした。私はゲームの余韻を噛み締めながらメトロ(地下鉄)を使って帰途に着いた。

 日本代表は1勝も出来ずに1stラウンドを敗退した。カズが最終の23人枠に入らず憔悴の帰国をした。あのキングカズがワールドカップを経験することなく現役を続けている。

【フランス優勝パレードの人波】
【フランス優勝パレードの人波】