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惨憺たる結果0-3の大敗に思う。(連載第123号)

2010年04月10日

 ※前号の冒頭の新聞記事の写真、ロナウドとロナウジーニョの間にいる人物は、何を隠そう私自身であります。当時のスポーツ紙面を飾るとは想定外でした。知人が取っておいてくれた新聞を大事にしています。ちょっとした自慢の一枚であります。

◇       ◇       ◇

 それでは本題に入ろう。ホームでしかもセルビアの二軍で、長時間の移動と時差を考えると大差で勝って「兜の緒(かぶとのお)」をしめよ、と言いたかったけれど、そんな余裕の微塵も感じられない結果に終わってしまった。ワールドカップ本番前の大事なときにこのような醜態を日本国民の前にさらけ出した。ではでは、その後の監督の仕事ぶりでもじっくり拝見しようかと思いきや、試合後のコメントを聞いてまたしてもがっかりした。翌日のスポーツ紙の大半が酷評に近いコメントを掲載していた。

 「いまさら何を言っている」と書いた新聞もあった。まさにそのとおり、釣りに例えたら欧州の海釣りと日本の池釣りのような迫力の差があったし、池釣りしかしらない日本選手には、W杯という大荒波に立ち向かうことになる。あまりにも細い釣竿と小さい釣針を見たようだった。それでベスト4という大魚は釣れるのだろうか。

 私は欧米のプレーヤーと比較して日本人は決してスピードがあって瞬発力が長けている人種ではないと思っている。足のリーチや身長、胸板の厚さを考えると劣勢になる時間がほとんどだ。今回のセルビア戦、日本代表の両ウイングは苦るしまぎれの意味のないバックパスを多用していた。センターバックからのパスは大半が前に向かって突破できる状態でなかった。それもそのはず、セルビア選手の間合いは早く、大柄で胸板の厚い大男に仁王立ちされては後ろ向きのパスしか出せない。サイドをあきらめて中央にドリブルしても中も同じ状況だったし、その間に前線が活発に走り出していたら好転したかもしれない。前線もサイドからのクロスには反応したが、中央からパスの受け手には至らなかった。

 オシムはよく言った。日本人らしいサッカーを目指す。それは走るサッカーである。体格が違っても走り負けさえしなかったら勝機は生まれる。全員が連動して走りつくせということだ。単純だけど真理であった。

 現在さかんに言われていること。選手同士の距離感とか、ダイレクトパスの多用とか、クロスの正確度とか、固定外メンバーの意思疎通とか言っている間は、あのスポーツ紙のごとく「何をいまさら」ということだろう。今や技術的な問題を論じている暇はないし、時期でもない。ただし、協会を含めて明確に打ち出すことが必要だと思う。何を打ち出すかを見てみたい。

 海外組が唯一のたよりなんて監督要らないようなコメントは絶対にさけてほしいし、まさか何も方針を示すことなく23人を選定するのだろうか・・・。サッカー辛口解説者のセルジオ越後氏が言っていた。代表はジョージのキャンプ地を切り上げて初戦カメルーン戦のブルームフォンテーンに移動すべし、初戦がすべて。

 私も何度もこのコラムで同じことを語っている。キャンプ地ジョージと開戦地では、空気が違う。早く空気に慣れて、体感することが今出来る簡単な改善策だと思っている。ジョージは天国でブルームフォンテーンが地獄にならないために・・・。

 いよいよ23人枠の選定だ。これで監督の明暗が決してしまう。呪われたビデオテープのようにフランス大会直前に帰国を命じられた三浦カズ選手の報道映像が蘇ってくる。弱気な選定か、強気な選定か、ベテランに託すのか、若い力を抜擢するか、どんな人選になるのだろうか、人事を尽くして天命を待つ。神に祈りたい。

◇◇◇ 2002年日韓大会の思い出(最終回) ◇◇◇

W杯思い出の品々を写真で紹介しよう。

【日韓で発売された記念のコイン、左が日本の1000円、右が韓国の1000ウオン】
【日韓で発売された記念のコイン、左が日本の1000円、右が韓国の1000ウオン】

【手のひらサイズのスケジュール表、中面をスライドさせて対戦表を見る。】
【手のひらサイズのスケジュール表、中面をスライドさせて対戦表を見る。】

【会場で配布されたガイドブックの数々】
【会場で配布されたガイドブックの数々】

【1990年イタリア大会のマスコットとマッチスケジュールが見つかった】
【1990年イタリア大会のマスコットとマッチスケジュールが見つかった】

 ※この大会の年にイタリアに旅行していたが時期がずれて、スタジアムでの観戦はできなかった。手元には記念のプログラムが奇跡的に残っていた。

【2002年敗戦を告げる記事、ドイツ大会へ希望は託された。しかし・・・】
【2002年敗戦を告げる記事、ドイツ大会へ希望は託された。しかし・・・】
※写真はニッカン(日刊スポーツ新聞社)での報道事例

※ワールドカップの新聞記事は大切に保管している。外国にいるときはその国の新聞を買っている。読み返すと、新しい発見も多いし、懐かしさもひとしおだ。

ひとまずワールドカップの思い出は終わりとしょう。

南ア大会ではどんな思い出ができるだろうか、当然テレビ観戦だろう。