京都新聞社TOP

大会が終わって、無気力症候群から脱出中です。(連載第128号)

2010年07月21日

7月1日の朝刊記事

 冒頭の京都新聞記事は7月1日の朝刊だ。アジア各国で日本代表は称賛された。いや世界各地でも本田や長友、松井の活躍にエールが送られている。私は、この熱い1ヶ月間の末に夏の暑さと相まって無気力感がいがめない体調に陥っている。8年前の日韓大会後も半年近くW杯燃え尽き症候群にかかってしまって、サラリーマンの立場も忘れて一日中ボォーっとしてしまった経験がある。

 4年前のドイツ大会は、比較的すぐに自分を取り戻したと思っている。今回は、体力的にも深夜のテレビ観戦と仕事の両立はきつかったわけだ。ようやくパソコンの前に座っている。膨大なメモだけが残っていて、それを一ページずつ読み戻りながらプレイバックして、この独り言を記している。

 第一のこと、日本代表について書こう。今回の日本代表についてまず思いついたこと。『傷つかないで終わった』ことだ。初戦の勝利で自信をつけた代表は、二戦目のオランダ戦に健闘し、ご存知のデンマーク戦を3-1で破って一次リーグを突破した。大会が終わっても日本代表の各選手は地元での表彰やテレビ出演で引っ張りだこ状態だ。

 だれも傷つかなかった事が一番なによりなのだ。 (しいて言えば、デンマークの監督は傷ついただろうし、PK戦で失敗した駒野、出番の少ない俊輔、出番のない楢崎は、少しは傷ついたろう。でも今ではその少ない傷跡は癒されているにちがいない) (パラグアイ戦のPK戦でもしも、相手パラグアイが失敗して日本が勝利したら、帰国後のパラグアイ選手の安全は保証できないと想像する。)

 前回のドイツ大会では、中田ヒデがピッチでうずくまっている姿が脳裏から離れなかった。統率のとれないチームの悲劇を見てしまった。あれから4年、何が幸いするかしれないW杯が終了した。

 第二に、若い選手たちが確実に台頭してきた。今回のコラム、いやW杯のすべてがここにある。国の名前はさておき列挙してみたい。ドスサントス選手・ピナエール選手・ソアレス選手・メッシ選手・イグアイン選手・ポドルスキー選手・エジル選手などだ。私は、この大会までは聞いた事のない選手だった。(メッシを除いて) 彼らはすごかった。どんな状況でも自分のベストの位置にボールをキープしてシュートを打つことができる。

 本田選手との違いは、本田はツボに入ればワールドクラスだが、それ以外は・・・。 (そう言いながらも本田のフリーキックを何度ブレーバックして見ているかしれない) 世界はまさに変化していった。新旧の交代、世代交代は確実に行われていった。もう、アンリやルーニー、カンナバーロ、中村の時代は終わったのか、まさに自分に振り返って観てしまう。往年の輝きを探してしまう。

 なんだか切なくなってくるので、本日はこの辺にしようと思う。次回のコラムでは、旧主国の敗退、誤審というサッカー用語、変化するボールとハンド、2022年大会の立候補について述べたい。ではまた。