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しびれたゲームだった。(連載第135号)

2011年01月26日

 昨夜の日韓戦にしびれた人も多かったろう。「もうひとつのワールドカップ」私がいつも言うキャプションだ。日韓戦に臨む代表に、ザッケローニ監督が特別な試合だと言いきった。欧州でいうイタリア対ドイツ、南米でいうブラジル対アルゼンチンとも言った。拮抗した相手同士、細心の注意をはらったチームが勝つと言った。バランスと勇気とも言った。この老将の言葉がすべてを表現していた。

 両者とも平均年齢の若いチームだった。W杯後に若返っていた。よって過去の実績やしがらみは払しょくされている。日本代表は調子が良い。香川、本田、前田、岡崎らの調子が良い。私は、サッカーとしての戦術としては、日本チームの方が上だと思っている。ボールも人も素早く動くサッカーは、現代サッカーの主流になっている。それに対して韓国はロングボールを多用する走るサッカーが基本だった。このやり方は韓国の伝統でもある。しかし、決して綺麗なサッカーとは言えない。

 このゲームもまたレフェリーの不要な笛が吹かれPKをとられてしまう。残念なレフェリングだった。しかし、この笛で彼はこのゲームの笛の基準を自ら決めてしまう。結局最後までこんな笛で再三フリーキックを韓国に与えてしまう。しかしながら、レフェリーは最後に岡崎にPKを与えることによって、このゲームの帳尻を締めくくった。今回の大会で岡崎は通算して2度PKを得る動きをしたことになる。それもPKとは言えない反則であるにも関わらず。

 私は影のMVPは岡崎だと思っている。彼の前へ前への動きが冒頭に述べた勇気とバランスだったのではないだろうか。延長戦もしびれた。かつてないほど、はっきりと明確なベンチワークだった。それは一点を死守するメッセージだった。残念ながら、あと一歩で韓国に追いつかれた。昨今、私たちは日本の政治の中に何もメッセージ性のないことに不満と失望を抱いている。このゲームでの監督のメッセージは、テレビ画面からひしひしと伝わってきた。

 テレビ解説の松木さんがバックラインの押し上げを絶叫している。私もまたバックラインを引くな引くなと訴えていた。このチームには中澤と闘莉王がいない。戦場の泥沼で鼓舞する勇敢な軍曹がいないのである。  PK戦もまたしびれた。本田を一番手に起用した監督のメッセージが伝わってきた。私は、これで勝てると思った。ここで韓国チームの中二日と日本の中三日の差が出たと思う。気力と体力の限界は韓国チームの方にマイナスとして働いた。PK戦の勝利とはいえ、見事な勝利だった。

 カタール戦もまたしびれた。久しぶりにしびれた。ザック監督の興奮したガッツポーズに現れていた。なんとなく寂しげな視線を送る監督の表情が一変したからだ。今まで、あまり評価していなかった香川選手の心証も大きく変わった。2点目の左ニアサイドへのゴールのタイミングは絶品だった。私は日本選手に対してニアサイドのゴールを狙えと言っている。日本選手には無理にファーサイドのゴールを射止めるだけの力量はない。ゴールの角度や幅がないけれど、近いサイドを狙う方が確率は上がる。

 カタールの2点目には、日本チームが持っている危機感を感じた。あきらかに日本のニアサイドが不安だった。退場でひとり少ないので壁は一枚だった。壁は二枚にすべきだった。そしてセンターバックは相手二人を見ることも選択として必要だった。それを声にだすリーダーがいなかった。全体に声を出すリーダーが不在になっていた。これまたマルクス闘莉王がいないチームなのだ。

 左サイドの長友もチェゼーナの試合の時のような声が出ていなかった。日本代表に戻ると声がだせない人が増えてくる。これはマイナスだ。スポーツには声出しは絶対必要なのだ。日本社会でいう「あうん」の呼吸は、実戦では通用しない。声は、コミュニケーションをとるだけでなく相手も自分も鼓舞することができる。的確に声を出せるリーダーが不在している。

 対シリア戦の問題のレッドカードについて、リフェリーは副審のオフサイドの旗を無視して日本のバックパスに川島が反応した行為を得点阻止の反則としてとらえた。これは一連の流れの中では、レフェリー判断に対しての正しいわけだ。日本側から言えば、バックパスでないのでオフサイドである。シリア側からみたらバックパスだからオフサイドではない。要するにバックパスかシリア側選手のキックであるかどうかだった。それが、副審の旗があがったから少しややこしくなった。レフェリーは、確固としてバックパスを採った。そして、副審に歩み寄って確認している。その時点で、副審が確固としてバックパスでないと主張したらよかったが、曖昧な態度でレフリーに従ったのだった。そして、結果は川島の一発レッドとなってしまった。

 ここまではよくある話だ。その後尾ひれがついていた。日本サッカー協会は翌日アジア協会に抗議したが、規約では2時間以内に文書で抗議しなければ無効ということだった。この意味は何を指すのか、ルールのきびしいことは、あきらかに抗議を出せないことを意味している。世界一の規模を誇るサッカーの任意団体では、日本では信じられないルールが実際存在する。もしも、今回このルールに沿って抗議文を出すならば、以下の準備を事前にしておく必要がある。

それはこれだ、

 試合後2時間以内の抗議文作成には、事前にかなりの準備が必要なのである。こんな準備が必要なのかどうかの問いには、ずばり必要なのであると答えたい。裏方が準備する必要なのだ。それができないなかったら、抗議することを辞退する以外に無い。今回は、それでも口頭で抗議したことが最小限の行動だった。その積み重ねが日本協会を強くすることにつながっている。 試合中の抗議も必要だった。レフェリーがPKを取った時点で、彼は動揺していた。そして、それが次の岡崎のPKにつながった。これまた明らかにPKではない判定だった。それがPKとなって帳尻が合った。そんなことあり得るのと思われるが、実際にレフェリーを体験をした方には、理解できるはずだ。抗議文のない抗議も、川島の1試合の出場停止という最小限の結果につながったのだ。

 いよいよ想定していた決勝はオーストラリアだ。これもまた決着をつけなければならない相手だ。私は日本チームの勝利を確信している。それは、日本チームのやっているサッカーの質がすばらしいからだろう。最後に中東でのW杯の開催は、この時期(冬)で良いのではないだろうか。酷暑の夏に実施する必要は無い。今から調整すれば冬の開催は実現できるはずだ。FIFAと開催国は真剣に検討してほしい。