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ACL大阪ダービー(生観戦99試合目)(連載第139号)

2011年05月25日

 ACLの第二ラウンドがいきなり大阪ダービーとなったガンバ対セレッソ戦を観戦した。本コラムの主宰人の井上さんの働きで生涯99試合目の生観戦が実現した。過去の戦績から圧倒的にガンバが優位なダービー戦との観測を裏切って、堂々とセレッソが勝利したゲームを振り返ってみたい。

 ゲームはガンバホームの万博であったため、大半がガンバブルー一色になると予想していたが、スタジアムに着いたら驚くなかれ多数のピンク色のセレッソカラーがうごめいている。これがダービーマッチのすごさだと肌で感じる次第であった。

 ダービーといえば、ブラジル・リオのフラミンゴ対フルミネンセの通称フラフラ対決や、スペイン・マドリッドのレアル・マドリッド対アトレチコ・マドリッド戦、イタリア・ミラノのACミラン対インテル戦、イギリスロンドンのチェルシー対フルハムなどは有名で、試合当日は朝から町が二分される。まさにダービーマッチは、その雰囲気がかもし出すサッカーの試合以上の意味を持つ。我らのチームがこの町で一番という単純で崇高な地域社会のあるべき姿を表してしている。

 それはサッカーチームについて書かれた本からの引用であるが、ミラノファンのミラニスタは、サッカーをイタリア語のカルチョと呼ぶが、インテリスタ(インテルファン)は英語のフットボールと呼ぶし、同じホームスタジアムなのに、前者はサンシーロで後者はジュゼッペ・メアッツァと呼ぶ。中村俊輔選手が所属したスコットランド・グラスゴーのセルチックはレンジャーズとダービーである。強豪同士のチームは優勝も数多く分け合っている。レンジャーズはプロテスタントのチームであるがセルチックはカトリック系である。民族と宗教で二分していて、かなり白熱したゲームが行われている。

 多くのダービーマッチでは、同郷ながら敵同士である。このライバルの存在がサッカーをこよなく愛する町に生まれ育った人々の誇りと宿命となって共存している。うまく表現できないが、京都生まれの私には大阪ダービーを羨望の目でみていることに気がついた。楽しみと羨望のゲームが始まった。  ゲームは開始からセレッソの優位だ。それは遠藤が中盤の底にいて、ゲームを支配できていないし、セレッソが高い位置から仕掛けているからであった。私は、このままセレッソ優位ながら得点できなくて前半が終われば、後半は遠藤が前に来たときにガンバ有利に働くと思った。セレッソが得点できない理由のひとつに、トップ下の乾が良くない。前節も同様に動きが悪く、ボールがしっかりと収まらない。体が頭の働きに付いていかない。これはスランプにあるアスリートの兆候だ。

 しかし、後半より乾が交替した。それとともにセレッソの攻撃がスムーズになる。中盤を一人で組み立てていたマルチネスの動きがすばらしく、長いリーチで取られないようにコントロールしたボールを右や左に展開している。それとは反対にガンバは相変わらずトップのアドリアーノにボールが収まらない。いつものパスサッカーが見られない。終盤で何回か遠藤、佐々木、宇佐美の三角パスが続いて、ゴール前まで運べるが決定的でない。そして、延長戦(一発勝負) に入ろうかと思われた時、右からセレッソのSB高橋が強烈なシュートを放った。ボールは鋭くゴールのサイドネットに吸い込まれた。

 スタンドは喚起、喚起の渦と化す。私の周りの全員が立ち上がって叫んでいる。ゴールを決めた高橋はゴール裏に陣取ったセレッソ応援団へ向かって一目散だ。分の悪いチームが攻めて攻め抜いた90分の結果だった。応援団の垂れ幕に「ガンバだけには負けたくない」と書かれている。冷静に見るとGKの出来の差でもあった。セレッソGKの韓国代表のキム・ジンヒョンはあたっていた。それに反してガンバのGKには戸惑いを感じる。

【決勝点直後のスタンド】
 【決勝点直後のスタンド】

 サッカーのゲームには一試合の中に目に見えない流れがある。その流れは常に右や左に動いていて、監督や選手とは別にゲームを支配している。今日の流れはセレッソ側にフォローに吹いていた。後半早々、乾を代えた点、アドリアーノを最後まで起用したガンバの西野監督。前半から前線に向かわなかった遠藤、中盤のセンターで仁王立ちして食い止めていたマルチネス、流れは常にセレッソに吹いた。タイムアップの笛のあと、まるで優勝したかのようなセレッソサポーターの喚起の渦を遠めで見ながら帰途に着いたが、サッカーのすばらしさを体験できた満足感と疲労度が心地よかった。

【タイムアップ後の応援団前】
 【タイムアップ後の応援団前】

 今回、一緒に観戦したが、Jリーグ発足以来ずっとセレッソファンのN君。スタジアム到着すぐにセレッソユニホームに着替えての観戦。私の横で解説付きという具合だった。親子二代現役のセレッソサポーターで、幼稚園からボールを蹴っている。これまた私には羨ましい次第であって、時代を考えると今の若い者は幸せだと思わずにいられない。生まれたときからプロサッカーを直に見られる。見本となるプレーがそこにある。

 まあ、せっかく機会だし、近々このコラムにも登場してセレッソ語録を披露してもらおうと考えている。ACLベスト8はセレッソ1チームとなった。しばらくはセレッソを応援しなければならない。(鹿島も名古屋もベスト16で敗退) N君にひと肌脱いでもらって、独り言などを書いてもらう。その理由は試合中、ずっとブツブツ何やら独り言を言っていたみたいだったから。たかがセレッソ、されどセレッソということだろう。

【ものこころ付いた時からセレッソファンのN君】
 【ものこころ付いた時からセレッソファンのN君】