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なでしこ・コパアメリカ・松田選手・日韓戦など(連載第142号)

2011年08月11日

■3つのゴール

 私は、今でも女子W杯決勝のビデオを良く見ている。男子の時よりもその再生回数は多いのはなぜだろう。何度見ても筋書きの無いドラマは楽しい。タイムアップまでの時間をカウントすると、ほんとにあの様な展開があったのか疑ってしまう。それが何度見ても新鮮であって次見るときは、アメリカ優勝と疑ってしまうような錯覚に陥る。

 私自身、世間も含めてしばらく落ち着くまで、コラムを意識的にストップしていた。その間あっという間にいろんな事が起こってしまった。今日はそれぞれの出来事についてコメントしてみた。

 なでしこブームが起きている。私の感想は単純だ。それは決勝戦のゴールがすばらしいということ。まず同点とした宮間のゴールだ。何度見ても、ゴール前で相手DFの体に当たってピンポンのようにボールが弾んで宮間の前に来る。彼女はそれを左のアウトサイドでGKの反対側へ押し込んだ。宮間の左アウトサイドのコントロールと彼女があの位置に居たことがすばらしいのである。

 そして延長後半の沢の同点弾だ。GKと相手DFの接触で時間かせぎとも言える時が経過する。そしてCKで再開した場面だ。何度ビデオを見ても、あの一点しかないポイントでボールを擦らしている。いずれも一点しかないポイントがこの決勝戦の日本の得点シーンである。それは奇跡だったのだろうか。最後は、PKの最終の熊谷のキックだ。彼女は、するするっとボールに近づくと右足でゴール左上隅に叩き込んだ。以前のコラムでもPKが確実に入るコースを解説したことがある。彼女の蹴りこんだコースは、一番難しいコースであった。日本代表でもそのコースへ蹴れる選手は多くない。私も現役時代そのコースへ蹴る自信はなかった。私はこの3つのゴールの賞賛している。

■南米選手権

 同じ時期にコパアメリカ(南米選手権)が開催された。優勝はウルグアイだった。W杯からの好調が持続された格好だ。ウルグアイのサッカーはヨーロッパ的なタフでスピードがあった。その上に各人の技術の高さがあった。ひたむきな攻守の転換もみられた。

 残念なことはブラジル、アルゼンチンともに負け方に慣れてしまった。負けることに国民もチームも慣れてしまった。根底にある慣れがチームに蔓延している。そして歓喜も悲観さも両方とも薄れてしまった。しばらくはウルグアイの天下は続くことだろう。

■レフェリーの白線スプレー

 もうひとつ特異な場面があった。2年前からアルゼンチンリーグで始まったらしい。レフリーが白線スプレーを腰にぶら下げてジャッジだ。ファウルがあればフリーキックの地点から9.15m離れた地点で守備をしなければならない。しかし、現実はそのラインを守らずに、キッカーに近づく。それを防ぐために白線スプレーが活躍するのだ。ピッチにスプレーで白線を引いて、そのラインから出ないように促す。まるで幼稚園の生徒のように注意するようだ。このスプレーは優れもので、数分で消えてしまう。

 今回の大会で試験的に採用されたが、効果はあった。次回のW杯もブラジルで行われる。このスプレーが採用されるのかどうか、モラル向上とも関係して議論を呼ぶだろう。

■松田選手の死を無駄にしないで

 夏の暑い日に松田選手が突然倒れて、帰らぬ人となった。2002年の日韓大会でともに働いた仲間だっだ。彼の死はひとごとではない。練習の前日から彼の行動を検証し選手としての心身ともにストレスが加重されていたかをチェックしてほしい。強靭なアスリートであっても限界はある。彼の死を無駄にしてほしくない。

 ヨーロッパでは各国のリーグが始まった。日本選手がのびのびとプレーしている。

 活躍するプレーは、頼もしく愉快に映る。この一年が楽しみだ。

■日韓戦

 もうひとつのW杯と常に豪語している日韓戦があった。9月から始まるW杯予選に向けて良いテストとなった。結果はご承知のとおり3-0で何十年ぶりかの大勝利だ。最近こんなにもはつらつとした日本代表を見たことはない。選手の成長と監督の人柄だろう。男女ともにアジアの雄として誇りたい。

 しかしながら、韓国チームを憂慮する。かつてならば、意地の1点は取っていただろう。完封負けはダメージが大きいはずだ。朴智星の抜けた穴が大きいのか、調整ミスか、最近の韓国社会の風潮の変化なのか、強い韓国とのゲームを望んでいた私には残念でならない。

 このゲームの前哨戦であるU22のエジプト戦が気がかりだったが、これも日本の逆転勝利だった。9月から再開されるW杯予選とオリンピック予選、そして女子のオリンピック予選と気の抜けないスケジュールだ。(私が気を張らなくても良いのだが)

■覚悟に勝る決断なし

 京都の夏の風物詩である五山の送り火に東日本大震災で被災した松の護摩木供養が中止となった。原因は放射能の風評だ。検査で汚染の問題が無いと出たときには、すでに賛否両論だった。結果は中止となって先日現地で燃やされたようだ。京都人として残念なことだ。近頃の風潮として決断をする人が少なくなったと思う。かつては、各職場に一人は存在していた。ガンとして譲らない人がいた。正義を言い切る人がいた。その人たちは「覚悟」の二文字を胸にしまっていた。だれに何を言われようと覚悟していた。

 今夏の高校野球の監督の中に短い言葉で選手にアドバイスをする名物監督が存在する。彼は普段からこう言っている。「覚悟に勝る決断なし」。選手ひとりひとりがこの言葉に背中を押されてみずからの判断でプレーをする。

 なでしこジャパンも昨日の日本代表もこの高校野球チームも同じ、この言葉の裏には悲壮感は存在しない。一人ひとりが自分に与えられたプレーを自分の判断で実行し、そして楽しんでいる。その根本には覚悟を決めて前に向かうチーム全員の姿勢が見える。それが目には見えない盾となって相手にプレッシャーを与えているのだ。

 京都の新スタジアム建設について思う。賛成の署名はかつての規模以上だった。京都サンガの不振と相まって最近は建設推進の声が聞こえてこない。現在のチーム状況からみても来期のJ1返り咲きは難しい。私は数年かけてユース世代から新生サンガを築き上げてもらいたい。その場限りの采配は要らない。京都に影響力のある人物の覚悟を待ちたい。