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2013年展望(連載第178号)

2013年1月3日

風神雷神図
風神雷神図
風をつかさどる神と雷をつかさどる神が一対で対峙している。
仏教美術の粋たるものである。建仁寺の俵屋宗達画による屏風の精密複製である。
私は日本代表が風神でブラジル代表が雷神であると考える。
その理由は何となくご理解頂けるだろうか。

世界の展望

 2013年の幕が上がった。今年はW杯予選の最終と6月にはコンフェデレーションズカップがブラジルで開催される。昨年はユーロが開催された。その余勢を今も引きずっていると思われるヨーロッパと再起をはかる南米勢の動静が気にかかる。

 新生ブラジルは強い。広い目で見ると世界一に返り咲くことが可能である。しかし、いくつかの心配事が残っている。かつてブラジルは真の強さを持っていた。王者としてのゲーム展開をしていた。ゆったりとボールを回し、誰にも寄せられないボールコントロールと強いフィジカルがあった。キックオフ直後からこの強さは際立っていた。しかし今のセレソンには、その風格はない。でも強いブラジルには変わりない。

 彼らは、獲物を狙うオオカミの群れのごとくすばしっこい動きをする。獲物が一度ミスをした瞬間に彼らのスイッチが入り、全員でボールを取りに行く、そしてシュートまであっという間に持ち込んでしまう。そのスピードは以前のゆったりとボールを運ぶスタイルではあまり見られなかった。では、心配事は何なのか。それは、スイッチが入る前に失点をすること。スイッチを入れる選手がコンディションが悪く、うまくスイッチが入らない場合であること。監督は、こんな時を想定して複数のオプションを作る必要になる。 以前からブラジルの監督は長く続かない。セレソンそして国民の信頼を長く繋ぎ止めることが困難なのだろう。監督とチームのバランスも心配事のひとつてある。

 アルゼンチンはどうだろうか。一言で終る。「メッシ次第である」

 メキシコはどうだろうか。オリンピックでの優勝で期待できる。万年ベスト8のチームが一皮向けるにはまだ何かが不足している。それを克服できるだろうか。

 ヨーロッパは、やはりスペインとイタリアが中心で展開するだろう。スペインのパスサッカーは頂点に来ている。今年は下り坂となりうる。新しい若い選手が必要だ。新しいパスの名手の出現が望まれる。イタリアはかつての守備一辺倒からパスサッカーへ脱皮した。これに磨きを掛けていけば良い。強烈なストライカーもほしい。

 イングランド、ドイツのサッカーは前者の2チームとは違う。強いサッカーだ。ルーニーやエジルがキーマンとなろう。二人とも歳の割に若くはない。今度こそ結果を出す必要があろう。

 オランダ、ロシア、クロアチア、チェコ、スエーデンなどの準強国は何が必要なのかを問うべきだろう。彼らのトップリーグはプレミアやセリエAなどからすれば二流である要するに原点は裾野からの改革である。自国のリーグのレベルアップが必要だ。

 もうひとつ悩めるフランスの復活はなるのか。監督選出から疑問視されないことだろう。いっそのこと欧州協会の長であるプラテイニ氏に2年限定で監督就任してもらえばどうだろうか。彼はFIFA会長選のほうが興味あるだろうけど。

 アジアでは日本代表に勝るチームは出てこない。日本の現代サッカーの目指す技術の良さと戦術は卓越している。韓国、イラン、オーストラリアが勝つとしても日本代表の体調の悪さかアゥェイの洗礼だけであろう。男女ともスバ抜けていると分析している。

亀岡スタジアム

 昨年末の京都新聞に京都府を中心に球技専用スタジアム建設が再び持ち上がっている。私の知らない間に何度となく会合がなされていたのだろう。2002年W杯会場候補地の木津川河川敷、横大路付近とこの亀岡駅近辺の3候補地が検討されている。思い起こすと2002年の開催地落選の報を京都府庁で聞いて一時はがっかりしたが、自分が大会関係者のひとりとなって全国10会場を見たとき。木津川河川敷に作らなくて良かったと痛感した。それは、宮城スタジアムやエコパスタジアムで仕事した時に感じた。

 その膨大な投資はさておき、ここでサッカーゲームを開催したときにどのような観戦者がどのようにして来場するのだろうか。そしてゲーム終了後楽しく帰宅することができるだろうかと。一年に数回満杯することは可能だろう。それで良いのだろうか。少なくとも日本にヨーロッパや南米のようなサッカー文化は定着していない。一スポーツの域やイベントの域を出ないならば専用スタジアムは不要である。

 ヨーロッパ各地やブラジルでのスタジアムは町の中心にある。誰もが行きかう広場にあって人々の生活の中心に存在している。彼らのアイデンティティの柱になっている。だから「聖地」と呼ぶ。

 2017年に2万5千人クラスで100億円かかり毎年の維持管理に1-2億円という。本当に聖地にするならば4万人収容ぐらい打ち上げてほしい。署名も人口の6割以上は必要だ。そしてなによりもサンガが来期確実にJ1に上がることだ。

 スタジアムは点であってはならない。そこから無数の線が延び裾野は面で支える組織運営が必要だ。それは自然に生まれない。日本人はハードには金を掛けるがソフトには金を掛けない。みんなボランティアでという。ボランティアは最終運営スタッフであって、欧米的な仕掛けは金がかかるものなのだ。

 スタジアムができて周りの商店街が賑わう。町を挙げての応援合戦が始まる。この程度のシナリオでは長く続かないだろう。そもそもサッカーは商売の道具ではないし、日本の他の多くの都市にあるイベントの真似事ではない。では何なのと問われるだろう。私は即刻言う。サッカーはただのボール蹴り。世界十数億の人々が夢中になるボール蹴りである。

(参考)
▽サッカー競技人口=日本480万人、世界2億4千万人。
▽W杯視聴者数=ドイツ大会 延べ263億人。オリンピック北京大会 47億人。