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サマータイム(連載第209号)

2013年8月26日

※バンコクの喧騒。車の渋滞は世界一、交通ルールは運転手の勇気が優先する。
※バンコクの喧騒。車の渋滞は世界一、交通ルールは運転手の勇気が優先する。

京都サンガがピンチだ

 しばらくの間、J2のことを失念していたら京都サンガがピンチに陥ってしまっている。「最後は勝ちたいと思う気持ちの差」と言った大木監督の意味深い言葉。8月の成績は2分3敗で現在6位。勝ち点1差で札幌、そのまた1差で松本に迫られている。このままではJ1昇格レースから大きく引き離されてしまう可能性は高い。

 フロント陣は、また監督の首のすげ替えぐらいしか思いつかないのだろうか。私は、今年は大木監督に任せるべきだと思う。まだまだ戦いはこれからだ。でも今年が大事であることに違いない。来年からJ3が出来たらJ2でいることに安心してしまう体質がある。だから今年が大切だ。

サマータイム・・・

 こう暑いとサマータイム導入を真剣に議論すべきだと思うようになって来た。旅行業の仕事柄サマータイムは各国で経験した。さほど不便は感じない。国によればサマータイムを2時間差にすべきところもあるだろう。夏のヨーロッパは夜9時ごろに暗くなるし、冬は夕方4時には暗くなる。北欧の夏はもっと極端で夜11時に暗くなって朝方2時には薄明るい。これは極端な例であるが、先進国で夏時間を採用していないのは日本ぐらいだろうか・・。

 ここで整理しておこう。夏時間、サマータイムの導入は全国の標準時を4月の第一日曜日に1時間進め、10月の最終日曜日に1時間遅らせる。その間は、すべての生活活動は同じ状態である。ただ夕日の沈む時間が1時間遅くなり明るい夕方の活動しやすい時間が1時間増えるわけだ。もちろんサッカー観戦もしやすくなる。(サマータイム開始を4月の最終日曜日にしている国もある。これはその国の決め事でいつから設定しても良い。日本の場合はゴールデンウィークと重なるので避けた方が良い。)

 日本人の大半は、空が明るくなっているのに目覚めないでいる。平均起床を6時半としたら夏の時期は5時には明るい。この制度はもっと明るい涼しい時間に生活しようということだ。最近の時計や電子機器類の時間設定もサマータイム用に組み込まれて販売されている。

 私個人はサマータイム導入に賛成だ。ただ心配なことがある。私が以前海外旅行中に経験したことだ。それは、冬時間から夏時間に移行する日に航空機で移動することになっていた。前夜、旅先のホテルに迎えに来るバスの時間が心配になった。それは、空港から遠距離のリゾート地のホテルであったからだ。予定表に記載されている迎えの時間や航空機の離陸の時間は、夏時間採用か印刷された冬時間か・・・・・である。私は眠れない夜を過ごした。結果予定表通りバスが来て、予定表どおり航空機は飛んだ。未だにどれが正解かわからないでいる。

メキシコオリンピック銅メダル

 先日、NHK・BSテレビでの特番放送を見た。1968年今から45年前のビデオテープがノーカットで発見されたということだ。それは、日本サッカーの金字塔銅メダルを取った三位決定戦のゲームで地元メキシコとの一戦だった。私もこのゲームは、はっきりと覚えている。今までに何度となくダイジェストで放送されてきた。私が15歳の時だ。私がサッカーにのめり込んだ記念すべきゲームだ。しかし、45年後フルタイムでじっくりとゲーム展開を見ると不思議にいろんな発見があって新鮮でならなかった。放送は、その4年前の東京オリンピックからのエピソードで綴られている。日本が優勝候補のアルゼンチンを下してベスト8になる。そして、メキシコで銅メダルを取るまでの軌跡も編集されている。

 ゲームは、釜本さんとメキシコの当時の主将をゲスト解説者として招いていて二人の会話も興味深くお互い敬語を使って敬意を表した解説だった。今後、コラムでゆっくりと再現していきたいが、本日は私が気づいた面白い点を列挙してみた。

 これは、日本の選手に感じた点だが敗戦のメキシコ選手にも印象にのこるプレーがある。 開催国として絶対にメダルを熱望されてきた彼らと用意周到で失うものがない日本チーム とでは、メンタル面で大きな違いがあったことだろう。

 後半途中から大観衆によるハポンのコールとグランドへの座布団の投げ入れ事件、アウ ェーがいつしかホームとなってしまった現象が映し出された。このゲームが日本サッカー の転機となったことは間違いのない事実だろう。釜本さんが暗示する。私たちの時代はサ ッカーはメジャーではなかった。現在ようやくマイナーから脱却してきた。まだまだメジ ャーにする活動を必要とする。

東京オリンピックの再現は・・

 これまたNHKだったと思う。1964年開催された東京オリンピックの招致活動最後の プレゼンの秘話が紹介された。それまで圧倒的に東京は不利であったが、最後のプレゼン で逆転したことになる。それも45分近くあったスピーチの時間をたった15分で終えた。 感動の秘話である。多くのマスコミは東洋の果てでのオリンピック開催に否定的だった。

 「ファー・イースト」彼らが言うこの言葉を逆手にとってスピーチをした人物が紹介されていた。元外交官でNHK解説委員の平沢さんである。彼は小学校の教科書を片手に持って※「日本では、小学校の教科書にもオリンピックの精神が説かれています。日本の子どもたちは、その目でオリンピックを見られることを、どれほど待ち望んでいることでしょう。日本をFar East(極東)と呼びますが、ジェット機が飛ぶ今では、もはやFar(遠い)ではありません。遠いのは国同士、人同士の理解です。西洋に咲いたオリンピックという花を東洋でも咲かせていただきたいのです」※「」はネット記事の引用部分です。  万雷の拍手であったと放送では語られていました。まもなく9月7日。ブエノスアイレスでは再度Tokyoと叫ばれるでしょうか・・。私は、2018年冬季オリンピックが韓国で開催されることが気かがりです。