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大詰め(連載第221号)

2013年11月6日

ハイデルベルグの町。大学都市ハイデルベルグには哲学の道があって京都の哲学の道と同じである。どっちかといえば私は京都の方がこじんまりとして好きだ。


※ハイデルベルグの町。大学都市ハイデルベルグには哲学の道があって京都の哲学の道と同じである。
どっちかといえば私は京都の方がこじんまりとして好きだ。

日本シリーズ

 今年の日本シリーズは大変面白かった。楽天の大手がかかった第六戦と最終の第七戦を見た。誰もがハラハラドキドキしたことだろう。サッカーと違って野球は一球一球の間合いがある。この間合いにいろんな駆け引きが存在する。誰もがこの間合いに次の球種やコースを考える。今回は投手の間合いばかり考えてしまう。それは楽天の則本選手や田中選手の立場に立ってしまうからだ。つまり楽天びいきである。プロ野球界の巨人ことジャイアンツと新生楽天では、どうしても楽天を応援する。その上、震災後の復興という大義もある。田中選手の無敗記録もある。

 これがサッカーだったら息がつけない。一連の流れの中で自分の考えを処理しなければならない。これは大変難しい。いやむしろ多くの時間を経験しなければ不可能だ。つまりサッカーを長く体験する必要がある。頭でよりか体で覚えるわけだ。しかし、野球はむしろ頭を使う駆け引きが大切だ。見ている側も頭を使う。

 理屈ばかりこねてないで、スポーツの可能性を考える。最終戦、星野監督は田中投手を昨夜に引き継いで登板させた。普通は昨晩160球完投した投手は必ず休ませる。それほど肩に負担がかかっているからだ。しかし、みんなが連投させたわけだ。そこには、まるで高校野球のようなやりとりもあった。監督は三度、本人に大丈夫かと念を押した。本人はイエスと答える。選手としては当たり前の行動だ。その背景には監督も本人も「田中だから」というキーワードがあった。

 今年の田中だから止む得ない。神の子マー君だから大丈夫だ。と言った具合だ。そこにはこれまでの常識やスポーツ生理学などは存在していない。日本シリーズ最終戦最終回という異常な世界での出来事だった。そして、誰もがこの登板に納得していた。そして納得するに十分すぎる結果で終わった。私を含めてあの時、ほとんどすべての人々は田中投手の勝ちを信じただろう。私は巨人ベンチも含めて田中の勝利を想像したことだろうと思う。 これは不謹慎でもなく摂理だった。あの時、田中投手が打たれて同点になることを想像した人はいなかった。不思議な瞬間だったと思う。それほどに今年の日本シリーズは面白かった。

ガンバ大阪がJ1復帰

 前節の熊本戦での圧倒的な勝利と神戸と京都のドローもあって、ガンバ大阪は一年でJ1に復帰することになった。今年のJ2での関西勢は強かった。神戸と大阪は常にトップを走っていたし、京都も終盤は負け知らずである。後はプレーオフを含めて京阪神の三チームのJ1復帰を願いたい。

 しかし、ここで言いたいことがある。この三チームには忘れてはならないことがある。 それは、J1から脱落した原因である。すべての出来事には原因がある。理由がある。それも真の理由を突き止めることだろう。それは、ただ単にあの時の試合に負けたからではない。勝つための意識が足りないというありきたりの理由でもない。監督が交代したからという理由やフロントがわかっていないという理由でもない。真の理由を知ることだろう。 それがわかれば来季も安泰だろう。

 J3が出来るまでにJ1に復帰することが大事なのだ。まずはガンバ大阪おめでとう。