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W杯ベスト8への道 〈後篇3〉(連載第240回)

2014年2月24日

メキシコ・グァダラハラ市(京都市の友好都市) のスタジアムと闘牛場

※メキシコ・グァダラハラ市(京都市の友好都市) のスタジアムと闘牛場

普段通りやればよい・・

 冬季オリンピックが幕を閉じた。また四年後である。今度は韓国の開催で隣国として役割も大きいと思う。日本国民は選手に対して口をそろえて普段通りやれば勝てると言う。
しかし、その普通の自分で戦うことは難しい。普段通りとは意識していない通常の生活でありリラックスしたプレーである。選手はこの言葉にただうなずくだけである。そして、オリンピックの本番で普通の自分を見失うのである。

 個人プレーと違って団体プレーではプレッシャーも分散される。しかし、普段通りのプレーをやることは容易なことではない。その上、無邪気にやれたらなお良いと専門家は言う。確かに男子スノボ・ハーフパイプの銀銅メダルコンビは無邪気に映る。

ベスト8への道 決勝Tは攻めて、攻めて日本のサッカーを貫く

 一次リーグを二位通過した日本は決勝Tまでの期間を心身ともに休養に充てると言った。
問題はその初戦の戦い方である。勝機は日本の速いパスワークで崩すサッカーを開始早々から貫くことである。トーナメント一回戦の相手がイタリアであれば可能性は高い。その訳は、昨年のコンフェデで対戦してみて一番やり易い相手である。

 現在ヨーロッパのチームに所属している日本選手の大半がイタリア選手と当たっている。
普段から接している相手でそれぞれの癖や気質も熟知している。その上、ザッケローニ監督はイタリア人である。このことは日本にプラスとなる。いろんな情報やイタリアの戦術についても聞き知ることが可能だし、試合巧者のイタリアのやり方もわかっている。徴発にのらない対策もできる。

 トーナメント初戦イタリアは最初から飛ばさない。まずは様子を見てくる。そして徐々に自分たちのペースを作ろうとして行く。だから日本は立ち上がりからガンガン攻めていきたい。彼らが日本のスビードに慣れる前に先取点を取りたい。前半を1-0で終えれば勝機は十分にある。先取点を取られたイタリアは日本を警戒してくる。しかし、心の底では決して日本選手に負けるとは思っていない。そこが狙いである。心の隙間に油断ができる。

 早いパスワークから精度の高いシュートを打つことだ。シュートが決まらなくても良い。イタリアのDFを混乱させるためにシュートを打つ。そしてその後のこぼれ球を狙う。イタリアは早い段階で中盤から当たってこない。日本は左右のオープンスペースに走りこんで何度も幅広く展開することだ。徐々にイタリアのディフェンスはずれて行く。必ず穴は出来て二点目も取れそうだ。

 先取点を取るために勇気を出すことだ。日本のすべてを90分で出し尽くすために走り回ってほしい。「スピード・スタミナ・スピリット」の三つのSが役に立つ。

このコーナーの最後に・・・

 2002年W杯日韓大会の時に来日したワールドクラスの選手達に対して私が強烈に感じたことがある。来日する各空港のシップサイドのドア越しに組織委員会の一員として私は常に待機していた。私の仕事は無難にスムーズに入国手続きを済ませて待機しているチャーターバスに案内することだった。空港では熱烈ファンのトラブルも多かった。選手にとって第一印象は大切であった。

 初めて見るスーパースター軍団はまるで修学旅行生の姿をかもし出していた。選手は修学旅行生で、キャプテンはクラス長、コーチは担任の先生、監督は学年主任の先生、サッカー協会長は校長先生、そしてスポンサー代表はPTA会長の様だった。次々と旅客機から降りた一団を見てそのように目に映った。私にとっては神様のような存在の人たちであった。彼らは初対面な私に対して高飛車な態度を示さず親しみを込めて接してくれた。私は安堵して仕事をこなしていった。ただ共通して言えることがあった。彼らは皆、無邪気に見えた。彼らの強さは普段着のサッカーにあるのだろう。彼らはW杯で特別なことをするのではなく、いつも通り普段のサッカーをやり続けているのである。

 日本チームがベスト8に上るためには普段のサッカーをしなければならない。日本人としての品格とサッカーに真摯に打ち込む精神を兼ね備えた姿である。自分らしさの追及、自分たちの普段のサッカーを楽しく、時には少年のように無邪気にやり続けてほしい。時々無邪気な行動は軽率に映ることがあるがサポーターは理解してほしい。