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ワールドカップの思い出 (連載第257回)

2014年6月4日

チケット

ワールドカップの思い出

 最初のチケットは、今から40年前の1974年の西ドイツ大会ミュンヘンでの三位決定戦である。ブラジル対ポーランド戦を観戦した。この時は西ドイツが優勝をした年で準優勝はオランダだった。試合は1-0でポーランドがブラジルを下す。ポーランドの必死の守備からの速攻一発だった。たまたま仕事でこの時期旅行していて偶然チケットを入手することができた。入社初年の奇跡だった。

 二枚目は1994年のアメリカ大会でダラスのコットンボウル会場でのゲーム。ブラジル対オランダ戦のチケットで友人がプレゼントしてくれた。結果は3-2でブラジルが勝利。

 三枚目は1998年フランス大会でパリのサンドニでのイタリア対地元フランスの試合。準決勝はPK戦の末フランスが勝った。会場は大歓声で沸きに沸いた。冷静なフランス人が歓喜の渦となった。私はまたもこの時期に一か月一人でパリに滞在していた。もちろん仕事だった。奇跡はまたも降り注がれた。

 四枚目は2002年日韓大会の準決勝、埼玉の試合。ブラジル対トルコだった。ブラジルの圧勝だった。その大会ブラジルは優勝をした。現在までブラジルは5度優勝をしている。今回地元で勝てば6回となる。もちろん史上初でもある。

 私の250回以上の海外渡航の内ブラジルへの渡航は4回を数える。すべて仕事だった。ほとんどが親善交流でスタジアムを見学したり、ゲーム観戦もすることが出来た。知らず知らずブラジルとは縁が深いつきあいになった。もがき切望することなくワールドカップに出会えたのである。

 最後は2002年の日韓大会で組織委員会で働くとは思いもよらない境遇だった。チャンスは考えないで待っている自分に届いたのである。誰が仕組んだものでなく、すべてが突然だった。私は成り行きに任せて突き進んで行った。その大会の最後の締めがブラジル選手の帰国の手配だった。ワールドカップが無事終了し帰郷することになったがおおよそ半年間は無気力な状態が続くことになった。

 それぞれの大会には良い思い出もあるが決して楽しいものばかりとは限らない。むしろ大変しんどい思い出ばかりだ。それぞれの大会でその時期に私は当地で仕事をしていた。休日にサッカー観戦を楽しんだ記憶はない。目いっぱい仕事をした後に多忙の中での息抜きの観戦だった。

 仕事への情熱は120%の運動量で突っ走ってきた記憶がある。その反動かもしれないが今はゆったりとしている。もっぱらテレビ観戦でワールドカップを楽しんでいる。都会の喧騒の中へパブリックビューに出掛けることもない。時間が合えば家族とTV観戦するが基本は一人静かに見ている。余計な邪魔が入らない方が良い。一人観戦がなにより良い。今のところブラジル大会も一人観戦となるだろう。

23人枠が出揃う

 FIFAへの期限が過ぎて各国とも最終の23人が決定した。それに監督、コーチ、ドクター、トレーナー、ホペイロなどのスタッフ、役員を加えて45人から50人の編成となるのが普通である。今回も23人枠に入れない選手が多くあった。その原因は故障である。日本代表にも故障明けの選手が複数いる。

 コロンビアのエースストライカーのファルカオが落選した。ケガの手術後の復帰が間に合わなかった。イタリアのモントリーボもそうである。スペインのプジョル、フランスのナスリ、アメリカのドノバン、アルゼンチンのテベスなどもチームから外れた。W杯常連の名前が消えていた。

 消されると言えば、今回から選手のアンダーウエアなどへのメッセージアピールがNGとなった。良く欠場した仲間の名前や背番号を書き込んだり、政治的な意味の言葉を記入し、プレーの中断時にTVカメラに映し出すことだ。延べ数十億が視聴するW杯は最大規模のメディア露出である。良いことも悪いこともそのインパクトは大きい。かつて日韓大会時、観客が広げる手製の幕に文字書かれていた。なんと自身の料理店のPRだった。言語環境が違えば分らないが、わかる人は良いPR効果をもたらす。しばらくして撤去された記憶がある。

コスタリカ戦

 アメリカでの初戦中米の雄コスタリカに3-1で勝った。強化試合と言えども相手コスタリカもW杯に出場する。お互い譲れないゲームだった。一番の収穫は香川と柿谷がゴールを取ったことだった。柿谷のゴールは他人事でなくうれしかった。ゴール後の柿谷のアップがTV画面に大写しになった。彼の喜びの顔を久しぶりに見た。

 課題もある。トップ下の本田の動きがスムーズでない。彼は強固な体格を与えられたが、引き換えに何かを失った。それを引き戻すには体力勝負に持ち込むしかないだろう。何かとは何かだ。本田自身が良く知っている。NHK特番で彼はこう言っている。要約は「自分のレベルは分かっていてミラノにいる。期待が大きいし、すごいミッションだ。ミッションインポッシブル。」※ちなみにミッションインポッシブルとは手におえない使命と言う意味らしい。「自分には困難な時間が多い。困難を楽しめないと人生やっていけない。」・・・

 次戦監督は別のオプションを試すだろう。もしも私ならばトップ下に香川でトライしてみたい。しかし、その時本田はどこの位置にいるだろう。たかがサッカーだけど思いは尽きない。たかが圭祐されど圭祐・・・。