京都新聞社TOP

開幕戦のPKは誤審ではない (連載第261回)

2014年6月14日

私が昔使っていた審判の三種の神器。警告カードとメモが入った審判手帳、審判章、ホイッスル。他に時計や記録帳、鉛筆など。今回はGLT用の通信機、無線マイク、消えるスプレーが加わっている。
※私が昔使っていた審判の三種の神器。警告カードとメモが入った審判手帳、審判章、ホイッスル。他に時計や記録帳、鉛筆など。今回はGLT用の通信機、無線マイク、消えるスプレーが加わっている。

世界に物議を醸し出した誤審騒動の真意

 明日は日本の初戦コートジュボアール戦である。しかし、その一日前に投稿すべき事態になっているのはご承知のとおりであろう。著名な歌手のツィッターや元審判員などの多くの方々の発言がツィッターの波に乗って私のところにも広がっている。多くは否定的であったりするが、日本人の半数以上が肯定的であったりしている。

 PKを取られたチームは、あれは反則ではないと言うし、取ったチームは充分に反則に値すると言う。現にクロアチア、ブラジル双方で同様に意見が分かれている。産経新聞朝刊に面白い記事があった。「文化の違い」PK判定に物議。という見出しにサブタイトルに西村主審開幕戦で大役。というものだ。内容はクロアチア、ブラジル両監督の言葉も引用して、両者の意見を平等に述べられている。接触プレーに比較的寛容な欧州と悪く言えばルールに杓子定規な日本との違いが影響した面もあるかもしれない。そして欧州系メディアの見方は厳しかった。と述べている。

 では、ルールブックを振り返って見よう。サッカールールブック(JFAのホームページ) 第12条「ファウルと不正行為」の8項が該当する。その8項は簡単な明記であった。・相手競技者を押さえる  直接フリーキックが与えられる。もちろんペナルティエリア内のファウルだからPKとなるわけだ。程度の差こそあれ、ルール上は反則を犯したのである。よって誤審ではない。

サッカールールブックに載らない第18条

 サッカー規則は簡単で全17条で成り立っている。先ほどの反則行為は第12条であった。その他オフサイドやゴールマウス、ボールの規定などが含まれて全17条の構成である。しかしながらゲームを円滑にしているのはルールブックに載らない第18条であると言われている。その18条とは、サッカーのみならず人間社会において必要な言葉でもある。それは「常識」と言う言葉だ。プレーをする上で、社会人として生活していく上で選手・レフェリー・観客がもっとも必要としているものが18条である。

あれは誤審でなく迷審であろう

 あの時、けたたましく動くゴール前で一番近くにいた主審が一瞬の判断を下すことは大変難しいことである。私たちはテレビのスロービデオを見たうえで結論を出しているが、ゲームの途中で迷いもなくPKの判断を下す勇気は大変なものがある。その後も主審は迷いのない笛を吹き続けた。

 このゲームをFIFAは主審に任した時から彼の笛がすべての基本となっているのである。 私は、その基本を尊重したい。当たり前であるが主審は神ではない。一人の人間として過ちも犯す。倒れた選手の演技賞ものを見抜けなかった審査員と揶揄もされたが、第12条に何度照らしても反則であつたことは事実だろう。

 一般的に試合が終われば、マッチレポートを記入する。試合経過、得点、イエローカード、レッドカード、ロスタイムなどを明記して若干の感想も記入しサインするのである。 そして、宿舎に戻ってビデオテープを見ながら反省をするのである。もちろん次のゲームのために反省する。きっとビデオをみれば自分の判定がある意味現在の潮流に反した非常識な判定だったと気が付くだろう。常識には二面性があって、相反する立場や時代では常識も二つ以上あるのだから。そういう意味から迷い迷い潮流を読み取ってゲームに合った常識を見つけ出すことである。だから迷審であると言っている。

 日韓大会の時にレフェリーは千葉県の人里離れたトレーニング場に隔離された。一切のマスコミやチームとの接触は出来ない。担当するゲームは早くから明かされはしない。毎日淡々と走りこむ。時折自由に使える自転車で気晴らしがてらサイクリングに出掛ける。自分の担当するゲームが決まれば、試合地ベニューへ移動する。取材もないし、担当以外の出迎えもない。ゲーム開始の数時間前にスタジアムに入り、ピッチやゴールの確認とウォーミングアップを行う。シャワールームで着替えて静かに瞑想するのである。頭の中でこれから起こり得るいろんなシミュレーションを瞑想する。メンタルトレーニングである。 どんな急な場面でも対応できるように何度も頭の中で繰り返す。一旦シャワールームから出たら笑顔を絶やすことは出来ない。自分の境遇と裏腹に笑顔で接するわけである。審判員は弧高の人である。

 最後にこの言葉を紹介しよう。ゴールジャパンの編集長でコラムニストでありツイッターで私がフォローしているチョザーレ・ポレンギ氏のコメントである。「人生と同じく、サッカーは勝つことや完璧であることばかりではない。だからこそ美しいゲームなのだ。」