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W杯敗者の帰国ラッシュ (連載第265回)

2014年6月27日

上記画像の左部分は、映画スターウォーズの撮影に使用されたスタジアム戦闘シーンの撮影用模型です。観客は綿棒で表現されています。右部分はその拡大です。W杯ブラジル大会のマラカナンスタジアムの模型を作るとなるとやはり観客は綿棒でしょうか、そして色は対戦チームのユニホームカラー ?

※上記画像の左部分は、映画スターウォーズの撮影に使用されたスタジアム戦闘シーンの撮影用模型です。観客は綿棒で表現されています。右部分はその拡大です。
W杯ブラジル大会のマラカナンスタジアムの模型を作るとなるとやはり観客は綿棒でしょうか、そして色は対戦チームのユニホームカラー ?

負けチームの帰国

 各グループリーグが終了した。番狂わせが生じたグループもあった。南米大陸で開催された大会だけにヨーロッパ勢の敗退が続いた。アジアからは1チームもなく、アフリカは2チームが残った。戦力や敗退した原因についてはおいおい各国で議論されるだろう。もちろん日本でも同様である。敗退が決まってすぐにイタリアのプランデッリ監督、コートジボアールのラムシ監督が辞意を表明した。その対応の速さに祖国で待ち受けている総括の嵐の恐ろしさを知った。

 また、日本代表のザッケローニ監督もまたイトゥキャンプ地での記者会見で辞意を表明している。日本国民は彼らを暖かく迎えることだろう。私が各チームの輸送を担当した2002年日韓大会では、最終ゲームから2日後に帰国することがひとつの目安になっていた。私達の仕事の範囲は最初のゲームの5日前から最後のゲームの2日後までとなっていて、チームから離れて行動する協会関係者は別としてすべてのチームはこれを順守して帰国の途に就いた。

 当初は2日後すぐに帰国するとは想定していなかったために、悲壮感が漂うチームに対して帰国の打ち合わせをするタイミングが分からなかった。しかし帰国便の手配やキャンプ地の撤収など比較的スムーズに運んだことを覚えている。ジャージ姿で帰るチーム、全員御揃いのスーツに着替えるチームなど様々で、一身に国の威信と国民の期待を背負って戦い敗れ、疲れ果てた選手の後ろ姿を見送ると涙があふれて止まらなかった。

 これからは日に日に帰国チームが減っていく。2002年7月31日決勝戦の翌日の午前成田空港からドイツチームは無言の帰国の途に就いた。そしてその日の午後ブラジルが意気盛んに帰国していった。唯一堂々と誇らしげにブラジル航空に乗り込んだ。私は航空機のドアまで優勝トロフィーの入ったバッグを運こんで行った。 W杯のある意味、天国と地獄を目の当たりにした一月だった。

 今回の大会は8年前と同じ光景があった。代表選手は打ちひしがれて無邪気な子供のように泣きじゃくっていた。そこにはアジアを代表する勇姿は見て取れなかった。サッカーの神様に願うとすれば、しばらくは全チーム全選手に休養を与えてほしい。それが今一番言いたいことである。

ここまでの私の総括

 W杯では普段通り自分たちのサッカーは出来ない。スペインやイタリア、あのセレソンでさえもそうだ。それを日本選手や日本のマスコミ、そして監督までがインタビューで普段通りのサッカーをやれば怖くないと述べていた。もっと違った方法はなかったのだろうか、普段通りにはいかない。だから普段以上の力を出せるストロングポイントを磨く必要があった。世界に通用する選択科目だ。

 今大会、今までに見る限りスペイン流の鮮やかなパスサッカーの限界が見えた。パスサッカーは研究尽くされ、最終ラインまたはその手前でスピードダウンさせられた。今後戦術は大きく変化するだろう。ただ言えることは全員攻撃全員守備そしてスピードのアップは現実として受け入れなくてはならない。日本はこの大会だけを取り挙げて反省するのでなく、この四年間やってきたサッカー全部を分析し、関係者はその手続きに誤りがなかったのか、キャンプ地選定からトレーニングスケジュールまでも見直す気概が必要だろう。でなければ四年間が無駄になってしまう。

 遠くブラジルの地まで応援に駆け付け、試合後はスタジアムの清掃をして帰ったサポーターに申し訳ない。

 試合後の本田圭祐の言葉、みじめだけど現実。彼らのつらい帰国の長旅が始まった。