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たかが代表、されど代表 (連載第295回)

平成27年01月24日

シドニーと言えばオペラハウスにサーキュラー・キーの港湾からの眺望

シドニーと言えばオペラハウスにサーキュラー・キーの港湾からの眺望

※シドニーと言えばオペラハウスにサーキュラー・キーの港湾からの眺望

準々決勝敗戦の胸の内

 胸打つ一夜が明けても昨晩の敗戦の心の整理はついていない。私だけでなく多くのサポーター、選手、監督も同じ胸の内だろう。これから無念の帰国のために淡々と荷物整理をしているスタッフの姿が思い浮かぶ。もしも私がその一人だったら、このシドニーに大きな忘れ物をしているような気持だろう。忘れ物は途方もない大きな物なのに見つけることが出来ないでいる。そして帰国便の時間が淡々と近づいて来る。

 たかがアジアのチャンピオンを決めるボール蹴りの大会。熱狂する南米でも歓喜舞うヨーロッパの大会ではない。しかし、私達が落としてしまった物は広大なアジアの中で再度見つけ出すことは可能なのだろうか、次の歓喜のための準備の時間は思っている以上に短い。たかが代表、されど日本代表。次のキックオフは始まっている。

UAE戦1-1延長でも決着つかず

 以下が公式発表された数字だ。シュート数(日本35本、UAE 3本) 、コーナーキック(日本18回、UAE 0回)、ボール保持率(日本68%、UAE 32%) すべてがこれらの数値が物語っている。私が言いたいことは、圧倒的に日本が優勢だったと言っているのではない。日本は35本のシュートを撃ったが34本外していると言いたい。コーナーキックは18回あったけれど18回もチャンスを生かし切れていないと言いたい。片やUAEは3本のシュートを撃って一本を生かした。

 私は何度も言ってきた。サッカーはFIFAランクの下位のチームが上位チームに勝てるボールゲームである。だから面白いのでありワクワク、ドキドキさせるゲームなのだ。これも何度も言ってきた。日本にないのは決定力である。誰もが分かっている回答なのに、未だその正解を見つけ出せないでいる。判っているのに何故か遠回りしている。

 ビデオを繰り返し見ている。特に後半の20分以降を三度も見ている。そこから見えてくる結論もある。得点が生まれるチャンスは瞬間であり一度きりであることだ。シュートが打てる位置にボールをトラップする時間やパスを選択する時間は与えられていない。ただ唯一許される時間はダイレクトにシュートを撃つ時間である。目を閉じていようと、後ろ向きでいようと、利き足でなくてもシュートを撃てるのはその瞬間しかないことだ。その時にシュートを万全で撃てる選手が代表なのだろう。

 UAEの10番のオマル選手と7番のマブフート選手は素晴らしかった。彼らは代表に恥じない代表なのだろう。今日はここまでしか言えない。