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日本代表監督未だ見えず (連載第298回)

平成27年02月24日

※ビールと言えばドイツ、こちらはフランクフルト空港での待ち時間に一息ついたところ。淡い琥珀色がすばらしい。
※ビールと言えばドイツ、こちらはフランクフルト空港での待ち時間に一息ついたところ。
淡い琥珀色がすばらしい。


なぜ日本人監督ではいけないのか

 監督問題の決着はついていない。多くの名前が浮上しては消えて行った。最近はデンマーク人の英雄と言われた人の名前が有力視されているが真意は不明だ。傍から見ていれば、シーズン途中で監督探しは異常なことだ。その上、問題発覚の終始はマスコミによって世界中に知れ渡っている。最近では協会が用意する契約金額まで書かれているメディアもある。これでは交渉ごとがすんなりと行くはずがない。日本人なら名誉なことはあまり金にこだわらない場合が多い。つまりそこそこの条件なら窮地に立ち上がる気概はあるだろう。

 しかし外国では名誉は金額に比例して高くなるのが常だろう。それほどまでに一国の監督は栄誉とともに期待値が高い。全身全霊でする仕事である。ではなぜこんな窮地に陥りながら日本人を選択しないのだろうか。一番は適任者不在という事だろうか。本当だろうか、もしそうであれば日本人監督を育成してこなかった協会の責任だろう。技術委員長は早々とJリーグからの引き抜きはしないと言い切った。まだどことも交渉はしていないはずだ。早すぎる反応は先手を打ったつもりだろうか。

 従来サッカー関係者はサッカーファミリーと言って仲間意識が強い。その事実協会会長は推薦と一部による互選で決っている。これは昔からの習慣だから仕方ないかもしれないが、巨体化するサッカーの世界では広く門戸を広げて選挙で人事を決める時に差し掛かっている。そんな経験がないからアギーレ更迭会見で責任の所在についてトンチンカンな回答してしまう。昨年の秋にFIFAの指導によって選挙で次期会長を決定すると発表があった。現会長の任期は2016年3月である。この時に初めて会長選が始まることなっている。だから今はやめられないのかもしれない。会長選挙の条件等の規約改正を踏んで新しいルールを基に選挙という事だろう。

 しかし、現在の外国人監督問題が長引いたり、6月のW杯アジア地区予選で敗戦が続くと
このスケジュールは早まることもあるだろう。オフト、ファルカン、トルシェ、ジーコ、オシム、ザッケローニ、アギーレと続いた外国人監督の時代を一時ストップすることが何よりの近道であると思うのは私一人だろうか