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京都国体の準備の歴史を、京都新聞紙面の見出しから振り返る 1986~1988

(左)1986年9月13日(右)1986年11月13日
(左)1986年9月13日(右)1986年11月13日

西暦(昭和) 新聞発行日
1986(61)年 9月13日 国体秋季大会の日程が、10月15日から20日の6日間に決まった。
夏季大会は、ソウル五輪との関係で、さらに検討することになった。
秋季大会は、開会式の初日を土曜日とし、競技が日曜日に始まることで、多くの府民に観戦してもらう狙い。
府庁の玄関に、「秋季大会まで あと764日」の残歴板が登場した。
11月3日 「はばたく京都のスポーツ推進大会」が、府立山城運動公園・太陽が丘(宇治市)を中央会場に、府内15市町で開かれた。
4回目の大会で、秋季大会会期決定記念として開かれた。
11月13日 国体夏季大会の日程が、9月4日から7日までの4日間に決まった。「太陽が丘」(宇治市)を主会場に、6市町で開催。

(左)1986年11月15日(右)1986年12月2日
(左)1986年11月15日(右)1986年12月2日

西暦(昭和) 新聞発行日
1986(61)年 11月15日 秋季大会まで700日となり、国鉄(現JR)京都駅前に、京都国体マスコット「未来くん」の石像が登場。
府庁前には、新しい残歴塔が設置された。
12月2日 京都国体イメージソングが決まった。京都市伏見区の佐久間智子さんの作品「光にむかって」、作曲と歌唱は森山良子さん。
作品応募は、全国44都道府県から717点だった。京都国体の歌制定委員会が選んだ。

1987年3月24日
1987年3月24日

西暦(昭和) 新聞発行日
1987(62)年 3月24日 全国中体連が、常任理事会で、中学生の国体参加を条件付きで認めることを決めた。
京都国体から陸上、水泳、体操、スケート(フィギュア)で参加の見通しに。
3月25日 開閉会式の構想が決まった。式典、各マスゲームに「過去・現在・未来」を追うサブテーマを設定、開閉会式をひとつの“物語”にした。
二巡目初回大会にちなみ、行進曲は戦後の愛唱歌を採用。

(左)1987年5月17日(右)1987年6月20日
(左)1987年5月17日(右)1987年6月20日

西暦(昭和) 新聞発行日
1987(62)年 5月17日 京都国体の各競技リハーサル大会のトップを切って、軟式野球の西日本大会が、宮津市民球場で開幕した。
開会式では、国体本番並みの式典運営を行った。
5月29日 秋季大会総合開会式などで使う各種式典音楽の試奏会が、大谷高校で行われた。
6月20日 京都国体の参加章と記念章のデザインが決まった。女性の躍動美がモチーフ。京都市左京区の彫刻家・江里敏明氏の作品。
国体京都府実行委のデザイン専門委員会が委託していた。

(左)1987年10月9日(右)1987年10月14日
(左)1987年10月9日(右)1987年10月14日

1987年10月18日
1987年10月18日

西暦(昭和) 新聞発行日
1987(62)年 10月9日 京都市の西京極球場の改修がこのほど、完成した。記念行事は11月3日、大学の「同立戦」(オープン試合)などとなった。
10月14日 京都国体の炬火台(西京極陸上競技場に設置)のデザインが決まった。
公募46点の中から、井上造園設計事務所(京都市右京区)の作品が選ばれた。「昴(たかまる)」がテーマ。
8本の大柱を組み合わせている。
10月18日 京都国体1年前フェスティバルが西京極陸上競技場で開かれた。
選手、役員、市民、府民ら約2000人が集まり、「あけぼの太鼓」、ジャズボーカリストのマリーンさんのコンサートなどがあった。
18日も府内17市町で開かれた。

1987年12月20日
1987年12月20日

西暦(昭和) 新聞発行日
1987(62)年 11月4日 西京極野球場の竣工記念行事が雨模様の中で行われ、京都商―PL学園、同志社大―立命館大のオープン試合が行われた。
同立戦は、京都市の今川正彦市長が始球式を行った。
12月20日 京都国体の炬火の名称が「伝説」(北部)、「躍進」(南部)、「平安」(古都)に決まった。
また、炬火台デザイン(46点応募)の最優秀賞に井上造園設計事務所(京都市右京区)を表彰した。

(左)1988年1月(右)1988年3月12日
(左)1988年1月(右)1988年3月12日

1988年5月20日
1988年5月20日

西暦(昭和) 新聞発行日
1988(63)年 1月 第43回国体(冬季、夏季、秋季)の参加章と記念賞のデザインが決まった。
府実行委員会が京都市左京区の彫刻家・江里敏明氏に委託していた。
選手らに贈る参加賞は直径約4センチ、補助員らに渡す記念賞は直径約3・5センチ。
2月18日 府国体実行委員会の第4回常任委員会で、式典ファンファーレ4曲が初公開された。
3月12日 夏季大会の主会場、府立山城総合運動公園のモニュメントが、同公園の城陽側の入り口広場に設置された。
高さ9・2メートルの花こう岩2本。題は「空(く)にかける階段―調和、躍動、進展」。
3月28日 国体秋季大会まで「あと200日(3月29日)」をひかえ、府内各地で多彩なプレ行事が開かれた。
府庁中庭では、府警音楽隊のミニコンサートが披露された。
5月20日 国体公式ポスターが出来た。夏季大会用は、水泳・飛び込みの女子選手、秋季大会用は、陸上・ハードルの男子選手。
日本グラフィックデザイナー協会京都地区会員から出された69点を審査、京都市下京区の岡川晃さん、慶子さん夫妻の作品に決定。
別に、イメージポスター(今西慧さん、田積司朗さん企画・製作)も製作。丹後ちりめんに、国体テーマカラーの木と、さざ波を染めた図柄。

(左)1988年6月1日(右)1988年7月7日
(左)1988年6月1日(右)1988年7月7日

(左)1988年7月8日(右)1988年7月
(左)1988年7月8日(右)1988年7月

西暦(昭和) 新聞発行日
1988(63)年 6月1日 秋季大会の開閉開式で選手団の先頭に立つプラカード女性のユニホームデザイン(和風)4案が発表された。
Tシャツやスポーツウエア以外のユニホームは初めてとなる。
7月7日 秋季大会の主会場、西京極陸上競技場に炬火台の竣工・点火式行われた。
炬火台は、6―11メートルの8本の柱で構成。テーマは「昂(たかまる)―結集そして昇華」
7月8日 秋季大会まで「100日」となった7日、府内各地で多彩な記念行事が繰り広げられた。
7月 京都府選手団のユニホームが二巡目から、31年ぶりで一新される。「朽葉(くちは)色」から「もえぎ(白緑)色」に。
府体協が国体ユニホームをつくったのは、昭和32年の第12回静岡大会からだった。

(左)1988年8月29日(右)1988年10月10日
(左)1988年8月29日(右)1988年10月10日

1988年10月
1988年10月

西暦(昭和) 新聞発行日
1988(63)年 8月19日 夏季大会の京都府選手団、総勢220人が発表された。団長は、千宗室・府体協副会長。
8月29日 夏季大会の開閉会式リハーサルが、宇治市の府立山城総合運動公園で行われた。
10月3日 秋季大会の開閉会式の練習会が、西京極陸上競技場で開かれた。
10月10日 秋季大会の府選手団、総勢1145人の結団式が、西京極陸上競技場で開かれた。
31の正式競技と、公開競技1(高校野球)すべてに出場する。
団長は、藤田静夫・府体協会長、総監督は藤井隆至・府競技力向上対策室長、旗手は、陸上の三浦重則選手(亀岡高教)。
10月 秋季大会の炬火最終リレーは、朝隈善郎さん(日本陸連、京都陸協各副会長)から、ホープの松本昌子選手(ワコール)に、
西京極陸上競技場内で引き継がれることに決まった。選手宣誓は、なぎなた競技の堀田恭子選手に決まった。