大津市で一昨年10月、中学2年の男子生徒=当時(13)=が自殺した問題で、市の第三者調査委員会が1月31日に発表した調査報告書の要旨は次の通り。

第T部 自死に至るまでの事実

第U部 事後対応

第V部 提言

第T部 自死に至るまでの事実

第1章 事実経過(略)

第2章 事実の考察

1節 本委員会のいじめの定義
 いじめの定義については、文部科学省が定める「当該児童生徒が一定の人間関係のある者から、心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」があるが、この定義も万全ではない。
 本委員会では、文部科学省の定義を前提にした上で、いじめといえるためには、同一集団内の人間関係において、力関係のアンバランスが生じていることが重要であるという視点を取り入れた。

2節 いじめの認定
 平成23年9月上旬から10月7日までの、加害をしたとされる生徒B、Cによる亡くなった生徒Aに対する行為は、主なものとしては19件。
 ▽9月初旬からヘッドロックを掛けられはじめ、同月中旬から教室、トイレ内、廊下で頻繁に暴行を受ける▽何度もズボンを脱がされる▽教科書、成績表を破られる▽女生徒の前で「コク(告)ラ」される▽「おまえきもいんじゃ」「A死ね、○○(Aの父親の名前)死ね」などの言葉を浴びせかけられる−など。これらの行為は、Aに対する心理的・物理的攻撃であったと認められる。
 B、Cについては、いじめ定義のすべての用件に該当するので、いじめと認定する。加害したとされる生徒Dについては、「一定の人間関係にある者」という要件に該当しなかった。よって、Dの行為をいじめとは認定しない。

3節 自死の原因の考察
 Aは、仲のよい友達であったB、Cから、一方的に暴行を受け続けるという重篤ないじめ行為を受け、精神的苦痛を受けていたことが明らかになった。
 もともと仲良しグループだったこともあり、いじめの被害を誰にも相談できず、また、当該クラスの生徒や担任に相談しても、いじめが止むことはないという絶望感、無力感に陥った。その結果Aは、自死への思いを抱くようになり、いじめの現場となる当該クラスに行くことに苦痛を感じ、連休明けに学校へ登校する直前、自死を決行したと考えられる。
 この頃の当該クラスは学級規律の乱れと、Aに対するいじめが日常化しており、「いじめの透明化」の段階にあった。重篤ないじめが発生していても、クラスからはいじめ行為を抑止する力は失われていたと判断できる。担任も同様の状況に陥っており、Aを救い出すことができない状態だった。
 その中でAは屈辱感、絶望感、無力感と自死への思いを強め、これ以上は生きていることはできないと考えた。Aは14階から飛び降りることにより「暗いいじめのトンネル」を抜けようとしたのである。
 Aの性格等や家庭の問題は、Aの自死の要因とは認められなかった。他方、重篤ないじめ行為は、Aに屈辱感、絶望感と無力感をもたらした。いじめの世界から抜け出せないことを悟り、生への思いを断念せざるを得なかった。したがってAに加えられたいじめが自死につながる直接的要因になったと考える。

4節 本事案のいじめの特徴について
 今回の事案の特徴の一つは、いじめが当該クラスでの「仲良しグループ」から「いじめグループ」への変化のなかで起きていたことである。このような特徴は、いじめを見えにくくしていたといえる。

5節 学校、市教育委員会のいじめ認定への考察
 本委員会は、Dの行為はいじめとは認定しないが、学校及び市教委は、Dの行為について10月26日にいじめと認定した。
 学校及び市教委が誤った判断をした最大の原因は、背景事情を含めて徹底した調査を行い、そこで出て来た情報から事実を確定するという作業を怠ったことである。特に市教委が、学校を支えるという教育委員会の役割を早々に放棄し、事実調査、いじめの認定作業を学校に丸投げしたことは、混乱状況下にあった学校を孤立させ、十分な事実調査をした上で事実を確定させることをより一層困難にさせた。

第3章 問題点

1節 いじめへの学校の気づき(略)

2節 問題点の指摘
 本件では、複数の子どもたちが担任に対し、いじめではないかと担任に訴えていた。しかし、担任は、訴えに対して適切な対応をしたとはいえない。担任は、周辺の生徒がいじめを訴えている事実をもっと重視すべきであった。
 また、周辺の子どもたちから具体的な情報を得る努力をすべきで、そうすれば、早期にいじめの実態の一端を認知できた可能性が高い。担任が一人で対応できないとすれば、副担任や他の経験豊富な教員あるいはスクールカウンセラーなどの専門家に助力を求めて有効な対応ができたはずである。
 本件では、複数の生徒が、いじめではないかと担任に申告し、また、複数の教員がAとB、C間に暴力における一方的な関係があり、いじめの可能性があると判断していた。さらに複数の教員から担任や学年主任にも情報が上がったにも関わらず、最後の最後まで学校は全体としては、いじめとしての認知をしなかった。
 問題は、情報が担任と学年主任に留まり教員全体で共有できず、有効な対策を取ることができなかったということである。学校組織が有効に機能していじめの事実を知らせる情報が学校全体において共有されなかったことは重大な問題と言わなければならない。
 事実究明及びその真摯な検討を怠ってきた学校・教育委員会の責任は大きいと言わなければならない。

第U部 事後対応

第1章 事実経過(略)

第2章 問題点

1節 学校の事後対応
 事件発生直後に、自主的に生徒から教員に、Aに対するいじめの事実の申告があり、これを受けてアンケートが実施され、教員による生徒への聴き取りの結果、本件いじめの実態のかなりの部分が明らかとなった。しかし、大量の情報がありながら、学校にはこうした情報を全て集約して全貌を明らかにしようとする姿勢は必ずしも認められなかった。踏み込んだ作業がなされないまま平成23年11月上旬に調査の終息宣言がなされた。
 学校としても、将来の訴訟提起の可能性を考えると、自らの責任を肯定する作業に消極的になるのも理解できないではないが、そうした姿勢は単なる組織防衛論にすぎない。学校が同年10月末に早々といじめと自死の関係を不明と結論づけたことは大いに疑問である。
 本件の場合、学校は加害をしたとされる生徒から、Aとの関わりや事実関係について、その言い分を聴くことがほとんどできていない。Dについては、いじめ行為があったとは認められないが、いじめと目されかねない行為をしていることについて、学校はそうした事実認識を伝えた上で、同人への働きかけをすべきだった。
 Aの自死直後に派遣されたスクールカウンセラーのカウンセリング内容が、学校の管理職が目にすることができる状態になっていた。カウンセリングは一対一の信頼関係で行われるものであり、了解もなく第三者の目にさらされるとすれば、カウンセリングの基礎が崩壊することになるのではないか。スクールカウンセラーがあまりに学校管理者と近い距離、すなわち内部性が顕著であると言わなければならない。

2節 市教委の事後対応
 市教委には、本件に対する緊急対策チームが設置されず、職員の役割分担や指示命令系統も曖昧なままで推移し、その結果中学校への明確な支援体制が取れなかった。
 市教委はAの自死翌日に中学校に対し、市教委は調査に入らないと連絡しており、調査そのものを学校に丸投げしていると言わざるを得ない。また、学校がいじめの調査を行うに当たっても、市教委は弁護士に頼り、一切の指導助言を行っていない。学校で開催された重要な会議に指導主事が出席せず、報告を聞くのみであった。
 市教育委員には、10月31日の委員会開催まで、市教委事務局や学校から詳しい情報の提供はされず、重要な意思決定のらち外に置かれていた。市教委事務局や学校は第三者的チェックから逃れ、本件のような事案に際し独走を許すことになった。重要なのは、教育長以下の事務局の独走をチェックすることであり、その一翼を担う教育委員の役割は小さいものではないはずである。

3節 学校・市教委共通の問題点
 学校、市教委は事実解明を中途で取りやめたと評価せざるをえない。Aの保護者が虐待していたというフィクションへ寄りかかったことで、いじめと自死の関係への解明作業が、事実上放棄された。いじめをしていたと疑われていた3名のAに対する関わりには程度の差異があったにも関わらず、その事実解明を怠り、大雑把に3人によるいじめととらえた結果、いじめをしたといえない1人を社会的非難にさらした。

第3章 その他の問題点

 本件に関する報道合戦は異常でセンセーショナルなものであった。根拠の乏しい情報を流したり、加害をしたとされる少年の実名などが報道されたり、無関係な他人の写真が流された。教育長が殴打され傷害を負うという事態も生じた。
 その現象はインターネットにも波及し、少年及び家族のプライバシーが暴露されたりした。いじめ行為をしたとは認められなかった生徒及びその家族については、平穏な社会生活を奪われる事態も生じている。
 読売新聞社は平成24年12月23日付の朝刊で「自殺といじめ因果関係明示へ」と題する記事を掲載した。加害をしたとされる生徒は本委員会の姿勢に理解を示して聴き取りに応じ、事実について自分の気持ちを話し始めていたが、生徒の保護者がこの報道を知り、本委員会との信頼関係が壊れたとして、生徒からの聴き取りを拒否した。
 本委員会は記事が虚偽の報道であることを説明したが理解を得られなかった。記事の撤回、謝罪を求めたが読売新聞社は拒絶した。各マスコミ各社もこの事態を一切報道せず、読売新聞社の報道を追認するような態度を取った。本委員会は各マスコミの態度に失望し、マスコミに対する情報発信を制限する方針をとった。マスコミの存在意義がマスコミ各社、各記者に突きつけられていることを指摘しておく。

第V部 提言

第1章 教員への提言

 いじめ問題で教員に求められるのは、子どもの心の叫びを読み取ることだ。教員自身の感性を磨くことは日々の忙しさで難しいが、節目の教員研修で地元の福祉施設、少年院などの教員生活と関連が少ないところで働いて現実を感じ、感性を呼び起こしてほしい。
 一人で解決しようとするのではなく、周りの多数の教員の力を合わせることも重要。協力協働の教育現場を作って欲しい。個人カードによる「心配な生徒」の情報収集と情報共有の仕方について検討・実践してはどうか。

第2章 学校への提言

 学校とは、子どもにとって最も安全な場所で成長する場でなくてはならない。その意味で、いじめ問題は学校の中で解決しなければならない。
 生徒の側から見た教育相談は、先生に「相談したい」と思った時が一番旬の時であると言われている。学校職員であれば誰にでも相談できるようにし、生徒が話したいと思える取り組みを考え出してはどうか。多くの子どもたちが「生徒に向き合う時間を作って」と答えている。この声に向き合うか否かが、学校再生への道の岐路である。
 また、学校づくりの全体構想にいじめ克服という大テーマが位置付けられなければならない。実践を続けることで、その学校にいじめを起こさない理念・伝統・文化が生み出される。

第3章 教育委員会への提言

 今回の事件における教育委員会への世論の非難は、「市教育委員会の隠蔽(いんぺい)体質」という一点にあった。その信頼を回復するには相当の努力が必要である。常に市民と地域に開かれ、支持・信頼される教育行政を目指すべきことは言うまでもない。そこで、もっと教育委員会の独自の考え方が自由に発言でき、運営できる「自由さ」が求められる。
 今回の問題で、教育委員会事務局が自らの調査や学校への徹底した指導・支援など、その職責と役割が十分果たせていなかった。教育委員会事務局が執行する事柄を監査する部署を、外部機関に置くことも考えられる。

第4章 スクールカウンセラーの運用のあり方

 最初に考えねばならないことは、スクールカウンセラーの外部性の強化だ。生徒のプライバシーについて守秘義務を厳守する。これは学校や教育委員会に対しても徹底されなければならない。

第5章 危機対応

 本件では自死という取り返しのつかない結果となった。家族にとってなぜこんな結果になったのかを知ることは重要だ。学校・教育委員会は可能な限り事実を開示しなければならない。アンケートの内容は、亡くなった子どもに関する情報であり、遺族に対して単純にプライバシーを理由に開示を拒否することはできないと考える。

第6章 将来に向けての課題

 子どもたちが安心していじめからの救済を訴える窓口が不可欠である。学校外に子どもが救済を求めることができる第三者機関が是が非でも必要だ。子どもの情報の守秘と安全を保障しながら、救済と権利回復に向けて迅速に活動し、提言を行わなけれぱならない。
 いじめで重大な結果が生じてしまう前に、弁護士へのアクセスを充実させることが必要である。犯罪につながるような事案(暴行、傷害など)については、事実関係の把握が重要であり、弁識士であれば問題点を的確に把握できる。
 一方、マスコミの使命は、深刻ないじめをなくすという目的のために市民が何をすべきか、という観点から報道すべきではないか。学校や教育委員会、加害をした子どもを無軌道な憤りで追い詰めることは将来のいじめ抑止にはつながらない。

最後に−成果と限界

 委員会の調査活動に限界があったことも認めざるを得ない。立ち上げは事件から約1年後で、調査の正確性に影響を与えたことは否定できない。提言が学校教育の現場で生かされ、いじめで自死する子どもがなくなるよう切に望む。