第21回坂田記念ジャーナリズム賞を受賞した京都新聞の連載「故郷はるか」を含む県外避難者報道は、東日本大震災と福島第1原発事故に伴って故郷を遠く離れざるを得なくなった人たちの姿や心情を丹念に記録する作業でした。県外避難者は被災者全体の一部にしか過ぎません。でも、その一部の人たちが万単位という大きさに、大震災・原発事故の深刻さがあります。

県外避難者の実像伝える

(右上)福島からやって来たお父さんの手作りケーキができあがり、歓声を上げる子ども(2013年2月、京都市伏見区)
(右中)「安全な野菜届ける」との思いを胸に避難先の亀岡市と福島県を往復する農家。実家近くの畑で育つイチジクを確認する
     (2013年5月、いわき市)
(右下)福島と京都をバスでつなぐ「同級生再会プロジェクト」。被災地の子どもは外遊びに夢中になった(2013年8月、大津市)
(左上)学童保育が終わり、自宅に向かう母子。「子どもを守りたい」という思いは強い(2013年5月、伏見区)
(左下)宮城県から山科区の市営住宅に避難した夫妻(2013年2月)

東日本大震災と福島原発事故による避難者数

 時計の針を、3年と11日前に戻す。
 あの日、編集局のフロアで、惨状を伝えるテレビ映像を見つめていた。時々刻々、明らかになる被害。どんな事件が起きても冷静でいられる。そう自負していたのに、震える自分がいた。被災地から遠く離れた地方新聞社として、大災害にどう向き合えばいいのか。大きな命題を抱えることになった。
 間もなく、放射能被害を恐れたり、家を失った人たちの大移動が始まった。京都や滋賀へも次々と避難してきた。宮城、福島、岩手3県を中心にした「広域被災」は、被害の甚大さゆえ、国内外の多数のメディアが記録する。でも、47都道府県に及ぶ「広域避難」=図参照=はどうか。私たち地方紙の記者が刻まなければ、歴史には残らない。そう覚悟し、県外避難者の取材を続けてきた。
 その延長線上に、連載「故郷はるか」がある。スタートは大震災・原発事故の発生から2年後だった。
 長期間にわたって避難者に密着し、細かく描くことにこだわった。1回読み切りではなく、1家族を2〜3回と継続する執筆方法をとった。避難者の実像を知ってほしい。全国各地の避難者が抱える共通課題の解決につなげたい。そんな思いがあった。
 写真(右上)をみていただきたい。お父さんの手作りケーキに、歓声を上げる3人の娘。この家族は、福島市から京都市伏見区に母子のみで避難し、父が月に一度、通う生活が続いた。家族離散は原発事故の象徴だった。
 一瞬の笑みの背後にある、途切れた日常の深い悲しみ。多くの県外避難者がそれぞれ、同様に痛みを抱えていた。
 父は結局、転勤がかなわず、京都に移り住んだ。家族団らんは戻ったが、仕事が見つかっていない。
 二重生活による窮状、避難先での就職難、公営住宅の無償提供期間切れや健康不安…。課題の多くは今も、抜本的には解決されていない。
 安倍政権は原発の再稼働と輸出に突き進む。しかし、事故の際に人々の暮らしがどうなるのかを含め、原発の是非を判断しなければならない。私たちが伝えてきた避難者の姿は、原発依存社会の抱える豊かさが、取り返しのつかない危険と隣り合わせであることを如実に映し出している。
 時間の経過とともに風化は加速度的に進む。しかし、大震災・原発事故がなかったかのように物事を進めてはいけない。
 だから、果てしない避難生活を記録する作業も、終われない。

京都新聞の県外避難者報道

連載「故郷はるか」


■第1部「さまよう」(2013年4月1日〜18日の計14回)
 大震災と原発事故のあと、故郷への思いを募らせながら、さまざま形で移動を繰り返さざるを得ない人たちの姿や思いを刻んだ。

■第2部「向き合う」(2013年4月28日〜5月10日の計12回)
 原発事故に伴う放射性物質から逃れてきた避難先で、原発と向き合う人たちに密着した。母親、原発関連労働者。避難者の立場ごとに複雑な心の葛藤が浮かぶ。

■第3部「働きたい」(2013年6月8日〜6月17日の計9回)
 避難したけれど、避難先で思うように働けずにもがく人たちを紹介した。その姿や思いを通じ、立ちふさがる壁は何か、解決の糸口を探った。

■第4部「読み解く」(2013年6月25日と26日の計2回)
 子ども・被災者支援法に「避難する権利」がうたわれたのに、なぜ避難を自主的に選択することが難しいのか。復興庁、福島県、各自治体の動きから検証した。

■第5部「つなぐ」(2013年8月2日〜9日の計8回)
 福島と京都の間を避難者を乗せたバスが往復する。二重生活の窮状を乗り越え、離散する家族や友達をつなごうと懸命な避難者や支える人たちの姿を追った。

その他


 2011年3月11日以降、毎月命日前後に、京都と滋賀への避難者を追うリポートを社会面を中心に掲載し、公営住宅の無償提供期間が切れる問題点や母子避難の生活の窮状などを伝えた。
 避難者アンケートを、発生3カ月、1年、2年、3年に合わせて実施。帰郷のめどが立たない現状と制度的な問題点を継続的に伝えている。

坂田記念ジャーナリズム賞

 毎日新聞大阪本社代表や毎日放送社長を務めた故坂田勝郎氏(1904〜90年)の私財を基に、93年4月に坂田記念ジャーナリズム振興財団が発足。毎年、関西を拠点にした優れた報道活動を顕彰している。京都新聞の受賞は、「学都ルネサンス」(第4回=96年度)、「よみがえれ環境」(第6回=98年度)、「世界水フォーラム」(第11回=2003年度)、「絆つむいで」(第15回=07年度)、「ひとりじゃないよ」(第19回=11年度)に続いて、「故郷はるか」が6度目。

【京都新聞 2014年3月22日朝刊】