●回収阻んだ大しけ 冬の日本海でも有数の大しけとなった1月21日、丹後半島沖は20―25メートルの強風と、最大7メートルのうねりに襲われた。巡視船や海上自衛隊の護衛艦など、重油対策に当たる84隻全部が最寄りの港や島影で待機。航空機も1機も飛び立てなかった。 翌日も、漂流油監視の大型巡視船2隻を除き、全船が港で待機。回収作業は丸2日間、完全にストップした。 それでも、しけで海上作業ができない日、巡視船は沿岸の重油監視に従事し、事故発生から現在まで延べ1,440隻が1日も休まず、乗組員らの疲労もピークに達している。 小型巡視艇が出港できないことはたびたびで、1日現在、海上保安庁と海自隊による油水の全回収量は1,050キロリットルどまり。天候を克服できない悔しさが、海の男の表情ににじむ。18日以降ロシアから相次ぎ着いた3隻の回収船団も荒天待機の連続。1日、初めて80キロリットルを回収しただけだ。 それでも、漂流油の大半は回収や現場拡散で消え、若狭湾東部などわずかになった。「2、3日でいい。天が良い気象条件を与えてくれないものか」。第八管区海上保安本部の児林秀雄警備救難部長がつぶやいた。 ●地元では 2万9800人動員 「疲れたなんて言ってられない」。重油が漂着した丹後の海の沿岸では、みぞれが断続的に降る悪天候の1日も、住民やボランティアら約1,200人が懸命の回収作業を続けた。 初漂着以来、パトロールや回収作業などに従事した人は延べ2万9,800人にのぼり、回収した重油は2,200トンを超えた。 身体を休める間もない地元住民や漁師の疲労はピークに達している。1日には、丹後半島西部の熊野郡久美浜町、竹野郡網野、丹後町の浜辺で、府保健所などが巡回健康相談を実施。腰痛などを訴える人もいた。 取っても取っても打ち上げられる油塊。まだ砂の中に埋まっているものも多く、各町は「春になって油が溶けだす前に、取りきりたい」(網野町対策本部)と、人海戦術の構え。元の美しい海岸に戻すために、今後も多くの人の力が求められている。 定置網漁など漁業への被害も出ており、府水産事務所などは、サザエなど磯(いそ)の生物への影響調査もこれから本格的に実施する。 ●沈没船体 不安は消えず 事故発生から1カ月たった今も、海上保安庁や運輸省は、沈没船体の明確な処理方針を打ち出せない。関係者の表情に苦悩の色が浮かぶ。 科学技術庁の深海探査機「ディープ・トウ」は、隠岐島の北東140キロの海底2,500メートルで、長さ100―150メートルの船体を確認。手すりや金具を映し出した。沈没船体からの重油流出は、まず間違いないと思われるものの「沈没状況が把握できない以上、具体的な処理対策が決まらない」(運輸省)という。 手つかずのまま、沈没船体からは、じわじわと重油が湧き出し続けている。「大量流出し始めたら、本格的に対処できる手段はない」。半ばあきらめ顔の工藤栄介八管本部長。これからも丹後半島などの日本海沿岸に、次々と新たな重油が押し寄せる不安は消えていない。 |