避難情報発信、難しさ浮き彫り 豪雨被害の京都
未明になって急に襲ってきたすさまじい豪雨。矢継ぎ早に出される避難情報。西日本豪雨で、土砂崩れに巻き込まれて3人が亡くなった綾部市上杉町の施福寺集落では、避難指示が出た後も多くの住民が危険を考慮して自宅にとどまった。京都市は人口の3分の1に指示・勧告を出したにもかかわらず、避難所に身を寄せた人は1%に満たなかった。住民や自治体の行動を振り返ると、情報発信と避難行動の難しさが浮かんだ。
「もっと早く一緒に逃げていれば」。施福寺集落で死亡した稲葉英子さん(76)と土砂崩れの直前まで携帯電話で話し、避難するかどうかを相談していた近所の女性は声を落とした。
■急変、避難危険に
集落の住民約60人の多くは高齢者だが、携帯電話の緊急速報メールなどで避難情報を受け取り、訓練で避難先も把握していた。だが、6日午後5時に高齢者らに避難を求める避難準備・高齢者等避難開始が市内全域に出たのに、この時点で集落で避難した人はいない。自治会長の川端国夫さん(70)は「7日午前0時ごろまで『風が少し強い』という天候で住民は危機感を持っていなかった」と振り返る。
日付が変わった直後に状況は急変する。綾部市では7日午前0時35分、大雨特別警報の発表と同時に市内全域への避難勧告が出され、同1時45分、避難指示に切り替わった。この間に市内の雨量計は急上昇。午前0時に1時間2ミリだったのが、1時に36ミリ、2時41ミリ、3時54ミリと記録的な雨量を計測した。
避難路も寸断された。集落の男性(58)は、家族を車に乗せて避難所の公民館に向かったが、国道は水があふれ、引き返さざるをえなかった。住民の多くも迷った末に自宅に残った。「へたに動いて(土砂崩れや増水した小川に)巻き込まれる可能性を心配した」(川端さん)
■速報したのに
早くから避難情報を出した自治体はどうだったのか。京都市は、河川水位や土壌に含まれる雨量などの基準を観測所ごとに定めており、今回も基準を超えた場合に避難情報を出した。まだ目立った被害もなかった5日午前5時25分から順次、緊急速報メールやホームページで情報を発信。大阪府北部地震で地盤が緩くなっていた伏見区と西京区で基準を下げたこともあり、避難指示と勧告を出した数は最大計約50万人に達した。ところが、避難所に行った人は約2200人と0・4%にとどまった。
市防災危機管理室は「自宅の上階など、避難すべき場所は状況によって変わる。必ずしも避難所に行ってほしいということではない」とするが、ある市幹部は「それにしても少なすぎる」と頭を抱える。
南区のパート女性(55)は6日夕、避難指示を知らせる緊急速報メールを受信したが、避難しなかった。雨が小降りになり、次女から近くの桂川の水位がそれほど増えていないと聞いていたからだ。桂川が氾濫する危険を高める日吉ダム(南丹市)の非常放流も記載されていたが、見逃していた。「関係のない地域のメールがたくさん届くので、あまりよく読んでいなかった。避難情報は以前にも出たが何もなかった。今回も大丈夫と思っていた」
市幹部は「おおかみ少年になっては困るが、基準を満たせば(避難情報を)発令せざるをえない。効果的な発信方法を考えないといけない」と話した。
【 2018年07月13日 17時30分 】






















































