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京都で唯一ミイラになった男 古知谷の阿弥陀寺、弾誓上人

薄暗い洞窟にある厨子。固く閉ざされた鉄扉の向こうに弾誓上人の「ミイラ」があるという(京都市左京区大原・阿弥陀寺)
薄暗い洞窟にある厨子。固く閉ざされた鉄扉の向こうに弾誓上人の「ミイラ」があるという(京都市左京区大原・阿弥陀寺)

 戦国の荒波は過ぎ去り、「天下太平」の江戸時代が始まった。ちょうどその頃の慶長18(1613)年。京に近い山奥の小さな寺で一人の男がこの世に別れを告げた。弾誓上人(たんぜいしょうにん)。享年63歳。岩窟の中で端座合掌の姿。俗世を離れて念仏三昧の日々を過ごした聖(ひじり)は弟子たちの手でそのまま石棺に納められ、地中に埋められた。それから269年が過ぎた明治15(1882)年、時の住職の指揮で石棺は発掘され、上人はミイラとなって再びこの世に現れた。よみがえった死者は今、どんな姿でいるのだろう。

■扉の先の優しき仏

 ぽた、ぽた、ぽた。

 恐る恐る暗い洞窟に踏み入った。岩肌からしみ出た滴が足元にたまっている。

 京都市左京区大原の古知谷(こちだに)という山奥にある阿弥陀(あみだ)寺。弾誓上人が納められている厨子(ずし)の前に立った。

 目の前に死者の世界があるからだろうか。じめじめしているはずの岩窟なのに、生を拒絶したかのような透明な空気が漂う。

 「ここで一人、時間を過ごすと、何とも言えず気持ちが安らぎます」。隣で林善信住職(66)が言った。「怖い? とんでもない」

 弾誓上人はとても偉大な人物であったらしい。

 乱世の天文20(1551)年、尾張国で生まれた。12歳で出家。美濃国で念仏に明け暮れた。各地で修行を重ね寺院の復興に力を注ぎ、慶長13(1608)年に古知谷へ。同行の弟子たちと道場として阿弥陀寺を建立したと伝わる。

 弾誓上人が自らの姿を彫ったという本尊の像に本堂で対面した。顔立ちは何とも穏やかで優しい。もみあげの辺りに遺髪が付けられていたが、今はほとんど見る形もないのが残念だ。

 本堂には弾誓上人の姿を描いた肖像画がガラスケースの中に展示されていた。木像と同じく、髪もひげも伸ばしたままの痩身(そうしん)。見た目にはこだわらない人柄だったのかもしれない。

■日本の南限

 ミイラと聞いて思い浮かべるのはエジプトのツタンカーメンだろう。でも実は、日本にも少なからずミイラは存在する。

 岩手県の中尊寺の藤原4代は有名だが、ほかにも山形県の出羽三山を中心に東北ではいくつか確認されていて「即身仏(そくしんぶつ)」と呼ばれる。即身仏は平安時代の10世紀後半から例が見られ、「ミイラ」となって時を超え、はるか未来の56億7千万年後に弥勒によって救われるという「入定(にゅうじょう)思想」によるのだそう。

 昭和30年代に学術団が編成されて初めて科学的な調査を実施した。「増補 日本のミイラ仏」(臨川書店)によると全国に23体ある。阿弥陀寺はその分布の南限で、京都で唯一の例という。「ミイラ化には気候が影響するからではないでしょうか」と林住職は話す。

 即身仏になるには、限られた穀物だけを口にしてミイラになりやすい体をつくり、地中に掘った穴で念仏を続け、やがて読経が聞こえなくなると空気穴をふさぐ。数年後に弟子や村人がミイラ化した遺体を掘り出し、厨子に入れてあがめる。今も公開され、信心を集める例があるそうだ。

 弾誓上人も同様の道をたどったのだろう。しかし、阿弥陀寺では今、その姿を目にすることはできない。

 「先々代の住職までは毎年5月の3日間、開帳して参道に夜店が出るにぎわいだったらしいですが年月のおかげで姿が崩れてしまったそうで。私もここに来て40年になりますが拝見したことはありません」。目の前にある厨子の鉄扉は南京錠で固く閉ざされている。

 姿は見えずとも扉一枚向こうに戦国の世を駆け抜けた人がいる。そう考えると不思議な気持ちがした。

 いや、見えないからこそ、扉の先に思いを巡らせ、「凍った時間」に吸い込まれそうな感覚に襲われた。何とも言えずふわっとした穏やかな心持ちになってきた。これが住職の言う「安らぎ」か。

 ふと我に返る。このままあちらの世界に引っ張られたら、ミイラ取りがミイラになってしまう。

 洞窟を後にした。

 疑問が湧く。弾誓上人はなぜ即身仏になったのか。本人の意志なのか。弟子たちの望みだったのか。200年以上もしてなぜ地中から引き出されたのか。ただし、その辺は謎のようだ。

 入定思想に関心を持った作家井上靖の短編で「補陀落(ふだらく)渡海記」(講談社文芸文庫)がある。補陀落渡海とは海の向こうの浄土に舟で向かう即身成仏。61歳になると代々の住職が渡海する習わしが伝わる熊野の補陀落寺で住職金光坊は周囲の期待に追い詰められ、逃れられなくなっていく。その恐怖と葛藤が描かれる。

 即身仏になることは宗教者として名誉なことかもしれないが、いくら偉人でも一人の人間。緩やかな自殺とも言える行為に臨む時、そこに恐れや、ためらいのようなものがあっても不思議ではない。扉の向こうから受けた安らぎは、人間らしさも抱えた仏の優しさが発していたのかもしれない。

 山間の小寺を訪れたのは10月末だった。弾誓上人の像が安置されている本堂で庭の方を向くと、上人がいたころにはすでに老木だったという背の高いモミジの枝が見えた。隣の樹木に体を寄りかからせながら、わずかに葉を染めていた。

 はるか寿命を超え、身を崩してもなお俗世の空気に身をさらすかつての友に向けた紅葉だと思った。

 <古知谷の阿弥陀寺>弾誓上人が入る厨子の中を見ることはできないが、すぐ近くに行くことができる。本堂には重文の阿弥陀如来坐像もある。拝観料は大人400円。1~2月は休み。京都バスの停留所「古知谷」から徒歩約15分。TEL075(744)2048。

【 2015年11月16日 16時27分 】

ニュース写真

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