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バンド村八分「原動力ははったり」 70年代の京都の音楽

弾き語りで歌う「村八分」の加藤yotchan義明さん(京都市上京区・拾得)
弾き語りで歌う「村八分」の加藤yotchan義明さん(京都市上京区・拾得)

 京都の音楽を語る企画「MUSIUM-京都の音楽の博物館」が、京都市上京区のライブハウス「拾得」で催された。京都で結成され、1970年代初頭に過激なパフォーマンスで知られたバンド「村八分」のギター、加藤yotchan義明さん(66)が伝説のバンドについて語った。

■「力付けたい」みんな陰で努力

 今は東京都内に住む加藤さんは、つい最近夜店で購入したという年代物のアコースティックギターを手にステージに上がり、弾き語りを聴かせた。途中からベースの船戸博史さんが加わり、エルビス・プレスリーが歌ったことで知られる「ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー」やフォークシンガー高田渡さんの「仕事さがし」のほか、村八分の未発表曲を披露した。

 曲の合間に、自身の音楽活動を振り返った。

 70年代の円山公園音楽堂でのライブに触れ、「爆音の我慢大会で、野外会場の音が四条京阪辺りで聞こえたなんて言われて」と笑った。「しばらくして村八分は崩壊というか空中分解してうろうろしてたんですけど。音量と音圧で聴衆をねじ伏せても面白くも何ともなくなって、音楽の本質はその反対側にあると気付いたんです」

 弾き語りとベースとのデュオ。そぎ落とした音の中で、力みのない味のある歌声を響かせた。

 ライブ後、トークで再び登場した。京都在住のミュージシャン、バンヒロシさん(57)と、新京極商店街振興組合の理事長で「京まちなか☆音楽映画祭」の総指揮を務める井上恭宏さん(61)の質問に答える形で進んだ。

 69年結成の村八分に途中からベースとして加入した経緯について加藤さんは、「当時、僕は瓜生山の上に住んでいて、そこに突然、(村八分を結成した)山口冨士夫(2013年死去)がやって来て『弦が6本から4本になるんだぜ』って説得された」と語った。メンバーは真夏に冷房のないスタジオにこもり練習を重ねたという。

 60年代後半からの音楽状況について、井上さんは、学生たちによるカレッジフォークが「金になる」と商業主義に吸収されて若者には遠い存在となっていく一方、海外を含めたニューロックが支持を集めたと概況を説明。「フォーク派からすると、当時のロックは柄の悪い人が多くて近づけなかった」と話した。

 過激な歌詞と、時に観衆とけんかするアバンギャルドな村八分はその先鋒(せんぽう)だった。

 「上手な演奏をしようというやつがメンバーに一人としていなかった。いかにセオリー外でやるかを考えていた」と加藤さんは語った。「地元のワタナベ楽器が最先端の機材を500万円分ポンと村八分に提供してくれた。音楽シーンを育てようとしてくれていた」と恵まれた音楽環境を思い返した。

 東京の音楽関係者からの接触もあったが「売れるつもりは全然なくて、新人なのに破格の待遇なら考えてやるっていう態度だった」と笑い、「原動力ははったり。実は力を付けたいと陰でみんな努力した。周りには怖がられたけれど結構まじめだった」と話した。

■故加藤和彦さん成功が影響

 京都の音楽土壌を考えるトークもあった。京都のサブカルチャーに詳しいバンさん、大阪出身で最近京都市内に移り住んだ写真家の久保憲司さん(51)、大手BGM配給会社で環境音楽の制作を手掛けた京都精華大の中伏木寛教授(63)が語り合った。同大学の荏開津広・非常勤講師が司会した。

 バンさんは京都が学生の街という特徴に加え、加藤和彦さん(2009年死去)の成功が大きく影響したと話した。「音楽雑誌が『京都系』とくくりたがるけれど、実はこれぞ京都サウンドというものは存在しない。あるとすれば、そのミュージシャンが今京都にいるということ。型にはまらない魅力がある」

 久保さんは音楽を育む街の在り方を指摘した。「大阪のライブハウスはプロ的で一定の集客が見込めないと公演が難しかったが、京都は若手を育てる姿勢が感じられた」

 1970年の大阪万博をきっかけに国内外からヒッピーたちが京都にやって来たことが、京都の音楽の成り立ちに大きく作用した要素として挙げられた。中伏木教授は「今もヒッピー的な人々がいる。外から新しいものを受け入れ、伝統の中で時に伝統を拒否し、再解釈したものが出てくる。その意味でヨーロッパ的だと思う」と語った。

■日本初のヒット曲は京都で生まれ?

 「MUSIUM-京都の音楽の博物館」を企画した京都精華大ポピュラーカルチャー学部の学生たちによると、およそ100年前の1914(大正3)年、女優松井須磨子が歌う「カチューシャの唄」のレコードが京都にあった東洋蓄音器(オリエント・レコード)から発売された。これがヒットし、「カチューシャかわいや わかれのつらさ」の歌詞は流行語にもなったとされる。

 学生たちはこれをいわゆる「ヒット作」の最初と位置づけ、それから100年の京都の音楽史を調べた。年表にして会場のライブハウス「拾得」で展示した。学生たちのバンド演奏でも「カチューシャの唄」が歌われた。

【 2016年02月14日 19時08分 】

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