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「デリヘルを呼ぶ」は芸術か 提案に賛否飛び交う

「表現と倫理の現在」と題して意見を交わすアート関係者ら(3月25日、京都市上京区・ソーシャルキッチン)
「表現と倫理の現在」と題して意見を交わすアート関係者ら(3月25日、京都市上京区・ソーシャルキッチン)

 今年1月、京都市中京区の市立芸術大ギャラリー@KCUA(アクア)で催されたあるイベントがアート界に波紋を広げている。若手アーティストによる「88の提案の実現に向けて」と銘打った企画の一つに「デリバリーヘルスのサービスを会場に呼ぶ」という項目があったからだ。「表現の自由」として許されるのか。人権侵害として非難されるべき行為なのか-。

 関係者によると、当日会場に集まった人が話し合ううちに、「事情に詳しい人」として元セックスワーカーで女優パフォーマーのげいまきまき(40)に相談をもちかけた。駆けつけた彼女は約2時間にわたって、実行に移さないように訴えた。「セックスワーカーは自分の仕事を家族や友人にも明かしていない。公衆の場に呼ぶことがいかにひどい行為で、本人を追い詰めることになるのか。何度も説明したが、なぜ怒っているのかすら分からないようだった」と振り返る。

 提案が実現することはなかったものの、ツイッターなどで賛否の言葉が飛び交った。「アーティストは人権侵害をするもの」「アートの名の下に個人の尊厳を傷つけるのは許せない」…。上京区で3月下旬に開かれたディスカッション「表現と倫理の現在」でもこの問題が取り上げられ、「アーティストは自由であるべき。表現を公共化する時に生じる問題はキュレーターの責任だ」「美術館やギャラリーに過大な責任を負わせると、あらゆるリスクを回避して安全な方に流れる危惧がある」といった意見が交わされた。

 実際、萎縮の波は現代アートの空間を浸食している。昨年、東京都現代美術館の企画展で、現代美術家の会田誠が、家族と制作した文部科学省や学校への不満を記した「檄(げき)」や、日本の首相に扮(ふん)して国際会議で鎖国論を演説する映像作品を出展した。それに対し、都や美術館が作品の改変・撤去を要請し、その後撤回する騒動があった。

■公の論議必要

 京都造形大大学院客員研究員でウェブマガジン「REALKYOTO」編集長の小崎哲哉(60)は「現場に過剰な萎縮が広がり、アーティストたちも混乱している。問題になるようなものでなく、普通に見られるべき作品が、理不尽な自己規制で見られなくなるのもばかばかしい。内輪だけでなく、公の論議の場を増やしていく必要がある」と指摘する。

 国家権力による「検閲」と、美術館内部の基準やキュレーターなど関係者とのやりとりから生じる「規制」や「自己規制」が混同されがちなことも、混乱や誤解を招く一因になっている、と小崎はみる。判断や方針転換の理由が不明瞭で、責任の所在も明らかにされず、背景に外圧や事なかれ主義の存在を疑わせるケースは少なくない。

 一方で、自由な表現を追求するには戦略も重要と言う。「多くの人にとってアートはよく分からないもの。したたかなアーティストは、ゲリラ的な作品の発表でも戦略的に考えている。玉砕的にやって跳ね返されたから検閲だと騒ぐのは何も考えていない。巨大な布で建物を梱包(こんぽう)した(米国の美術家)クリストは関係各所を回って、時間をかけてプレゼンした。それは実現に向けて必要な、健全かつ当然の『政治的交渉』だ」と語る。

 表現の自由は、文学作品でもプライバシーや名誉との関わりから争いの対象になってきた。古くは三島由紀夫の「宴のあと」、「甲山事件」をモデルにした清水一行の「捜査一課長」や芥川賞作家柳美里の「石に泳ぐ魚」を巡る各訴訟は最高裁まで争われた。いずれも表現の自由について「名誉、信用など他の法益を侵害しない限りで保障する」「社会にとって正当な関心事について表現する上で、必要不可欠な場合に限定される」とされ、表現者側が敗訴した。

 こうした判例をはじめ、憲法の保障対象を限定的にとらえる考え方には反発も根強い。世間の常識や「正当な関心事」に縛られず、時に人を怒らせ、不愉快にさせるのがアートである、そうして放たれた「矢」はしばしば私たちの社会に新しい価値観をもたらしてきた、と。京都精華大准教授の社会学者山田創平(42)も「権力者から抑圧されることなく、個人が自分の意見を表明できることは、近代民主主義の基本的理念」と表現の自由を最大限尊重する立場だ。

■生存を脅かす行為

 ただ、唯一の例外として「他人の生存を脅かす表現」は「より多くの人が、できれば幸せに生きられる社会を目指す民主主義の理念に反する行為として許されない」と説く。アクアの件についても、セックスワーカーの置かれた社会的な状況を知っていれば、この企画が「生存を脅かす行為」につながることは想像できたはずだと考える。

 立命館大准教授の哲学者千葉雅也(37)は、論争が巻き起こっていること自体に批判的なまなざしを向ける。「突出した行為に対し、ネット上で批判が殺到して『炎上』するのは、ある種の羨望(せんぼう)の裏返しにすぎない。特権性を許さない日本的な平準化欲望と、アートに公共意識を求めるアカデミズムが共犯関係を結び、前もっての過剰な配慮、『気にしい』の蔓延(まんえん)を生み出している」と分析する。

 では、表現と人権の利害調整をどのように考えればよいのか。千葉は「法律や憲法が禁止していようと、人間は何事かをやるときにはやる存在だ」と、あえて「無責任」に言い切る。「そうした危険でもありうる人間の行動可能性に触れているのがアートである」と。他人に迷惑をかけない限りでの自由ではなく、いかなることもなしうる極端な自由の存在を「理念的」に認めること。「アートは他人に迷惑をかけてよいのだ、と擁護するつもりはない。しかし、あらゆる迷惑行為をあらかじめ防止しようとすることは『総萎縮社会』というファシズムに転化しかねない」と警鐘を鳴らす。

 表現の自由とは。いや、そもそも自由とは何か。問いは、いまだ開かれている。

 げいまきまきは、大きな論争に発展している現状に戸惑う。「議論が広まっているのは良いこと。でも、アーティストの倫理観を問題にされても、私の表現も『ノー倫理』なんですよ。出来事を『消費』するのはいいけど、どうせならおいしく食べてほしいよね」と笑う。彼女はいま、一連の出来事をオペレッタにしてアクアで上演する計画を温めている。=敬称略

◆今年、日本国憲法は公布70年の節目を迎える。安倍晋三首相は憲法改正に意欲を見せ、戦後日本が築いた立憲体制に変革を求める動きも加速する。国の根幹を形づくり、生活にも深く関わる憲法はどう扱われ、どう変わる可能性があるのか。表現の自由を切り口に考えます。(連載「KENPOU考」より)

【 2016年05月07日 12時03分 】

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