京都大好きトーク!

第五十二回 番組小学校150年。地域の文化や芸術の力を生かした京都の人づくり
門川大作京都市長 × 荒木源さん(作家) × 赤松玉女さん(画家、京都市立芸術大学長)
門川大作京都市長さん・荒木源さん・赤松玉女さん 対談写真
門川大作京都市長さん・荒木源さん・赤松玉女さん 対談写真
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門川大作京都市長さん・荒木源さん・赤松玉女さん 対談写真
門川大作京都市長さん・荒木源さん・赤松玉女さん 対談写真
元京都市立淳風小学校(京都市下京区)での座談会に出席した皆さん

<プロフィール>
荒木源(あらき げん)/1964年京都市生まれ。作家。洛星高、東京大文学部仏文科卒業。新聞記者などを経て2003年に「骨ん中」で作家デビュー。「ちょんまげぷりん」や「オケ老人!」は映画化もされた。本年6月に番組小学校を題材にした「御苑に近き学び舎に〜京都・番組小学校の誕生〜」を上梓(じょうし)。
赤松玉女(あかまつ たまめ)/1959年兵庫県尼崎市生まれ。画家。京都市立芸術大大学院美術研究科修士課程絵画専攻(油画)修了。イタリアでの創作活動などを経て、93年に京都市立芸術大教員に着任。2018年から同学美術学部長。19年4月から京都市立芸術大理事長(学長兼務)。

今につながる子どもの頃の夢
荒木源さん門川市長 本日は作家の荒木源さん、画家で京都市立芸術大学長の赤松玉女さんをお迎えしました。今年は番組小学校設立150年。京都芸大の移転も控える今、歴史に学び、現在を見つめ、未来をどうデザインしていくか、お二人とお話しできるのを楽しみにしていました。まずは荒木さん、作家になられたきっかけは?
荒木さん 中学生の頃から作家になりたくて、大学も文学部に行ったんですが、小説は思うように書けなかったので新聞社に就職しました。ところが記者として取材を続けるうち、記事にはできないけど形にしたいものが重なっていき、「今なら小説を書ける」と思ったんです。心の隅に夢を持ち続けていればいつか叶う。今、振り返ってそう思いますね。
門川 国内外で活躍される赤松さんが、画家を志されたのは?
赤松さん 小学校時代、毎日絵ばかり描いているほど絵が大好きだった私に、先生が「京都に芸術大学があるよ」とおっしゃって。その言葉が、大学進学を考える時になってぱっと頭に浮かんだんです。それで、調べてみたら京都芸大が見つかったので、進学しました。先生が掛けてくださった言葉が自分の中に種としてずっと残り、今につながっている。そのことにとても感謝しています。

地域が生んだ日本初の小学校
赤松玉女さん門川 禁門の変で京都のまちの6割が焼け、明治維新で都の地位を事実上失った大変な時期にあって、明治2年には中世以来の自治組織・町組が再編成された「番組」を基に学区ができ、町の人々が力を合わせて日本初の小学校をつくりました。続いて京都芸大の前身の画学校、京都工学院高校の前身の染工講習所も誕生。都市存亡の危機の中「まず人をしっかり育て、文化芸術を大事にし、ものづくりを発展させよう」と当時の人は考えたんですね。まず学区があって、区(上京区・下京区)ができ、そして京都市ができた。こうした歴史に学び、地域の力を最大限に生かす時“ほんまもんの地方創生”ができると、荒木さんが番組小学校誕生を描かれた本「御苑に近き学び舎に」を読みながら感じました。荒木さんはどんな思いでこの本を執筆されたんですか?
荒木 番組小学校は学校の建設から維持費、先生の給料まで地元の人が出したと知り、すごいことだと思ったのが一つ。もう一つは京極小への思いですね。日本一古い柳池小(当時は上京第二十七番組小学校)に比べて京極小の創立は半年ほど遅いのですが、調べてみるとその年に64校が一度にでき、京極小はその最後だったということが分かりました。しかも京極小は上京二十八番組、二十九番組の共立校です。これらのことから、先人たちがお金集めに相当苦労された様子が見えてきました。京極小の辺りは当時は京の中心部ではなく、大スポンサーもいない。そうした中で番組のリーダーたちが腹をくくり、町民の説得にも当たったに違いない。「これを京極小の出身である俺が書かねば」という気持ちが、メラメラと湧き上がってきたんです。

京都の豊かさを育む文化・芸術
門川大作京都市長赤松 元・明倫小学校の京都芸術センターにはよく行きますが、あの立派な建物も地域の方々のご尽力で生まれたと知り、また番組小学校創設に画家も関わっていたと聞いて感動しました。
荒木 中でも画家・幸野楳嶺は幕末から小学校設立を考えた6人衆の1人で、京都府画学校の創立者的な立場でもあった人ですね。
赤松 そうなんですよ。また、初期から美術の授業もあったと聞いて驚きました。「読み書きそろばん」などとは全く違う「芸術」という視点から、子どもを育てる軸を持ったのはすごいことです。私の娘には、日本と夫の国・イタリアの両方の小学校を経験させたのですが、小学校はその国の考え方や文化を身に付ける場であり、こういうふうに「日本人」「イタリア人」というものがつくられていくんだなと感じました。京都では、明治初期から小学校で美術を教えることで、京都人の美意識を受け継ぎ、京都の豊かさを守り、新しい文化を生み出し続けてきたんですね。
門川 美術教育には伝統工芸やものづくりの担い手育成の側面もあります。京都の小学校は今も図画工作に力を注ぐ伝統があり、先生方による研究会も盛んです。さらに、京都の小・中学校では、今年から3年計画で全員が茶道と華道を少なくとも1回は体験できる取り組みを始めます。“ほんまもん”の精神に触れるだけでも、長い人生で大きな意味を持つと考えています。
赤松 小・中学校で、まず一生の宝を身に付ける。大事なことですね。
門川 京都芸大の前身である画学校は、明治13年に日本で最初に設立された画学校で、当時としては珍しい男女共学です。女性初の文化勲章を受章した上村松園も輩出しています。赤松さんは京都芸大初の女性学長ですが、学生が京都で美術を学ぶ意義をどのように考えておられますか。
赤松 多くの学生たちが京都を選ぶのも、歴史や文化の奥深さがあるからだと思います。例えば建物でも古いものから最新のものまでが共存していて、それらを重層的に見ることができる。そうした生きた情報がすぐ手の届くところにあり、また、つくったものをすぐ生かす場所も多くあります。まさに芸術のまちであり、学生のまちですね。
門川 京都芸大は「地域にあること」を役割の一つに掲げ、2023年度の崇仁地域への移転を前にギャラリーを開放する試みも始めていますね。
赤松 来年、創立140周年を迎える京都芸大では、元・崇仁小学校にギャラリーをつくり卒業生や学外の人が展示をしています。校舎取り壊しまでの一年間で小学校の思い出をどう残すか、芸術の力を生かして地域の方々と共に取り組み始めています。また、こうした活動を通じて地域の方々にアートを理解していただくことも大切です。アーティストを育てるのはもちろん、アートを理解し、ファンになっていただける方々を増やすことも芸大の責務であり、それが世の中の豊かさにもつながると考えています。
門川 京都には京都芸大、京都造形芸術大、京都精華大、嵯峨美術大、京都美術工芸大の5芸大の他、京都教育大や立命館大などでもアート関連の教育が行われています。京都芸大の市中心部への移転を機に、こうした大学間の連携が一層深まり、芸術が市民の皆さまの文化的な暮らし、さらには子どもたちの学びや育ちにさらに大きな役割を果たしていくことを願っています。
赤松 市外の人に「京都芸大は京都駅のすぐそばへの移転を控えている」と伝えると、皆さんびっくりされます。ただのキャンパス移転ではない、京都の態度表明だとインパクトをもって受け止められるようです。
門川 京都芸大の移転は、京都市が掲げる「文化を基軸としたまちづくり」の象徴なのです。芸術を志す学生と地域の方々、さらに国内外から京都を訪れる多くの人々が交流し、新たな文化を創造・発信する。そのことが、世界の平和と、「誰一人取り残さない」SDGs(国連の持続可能な開発目標)の達成にもつながる。そんな取り組みを市民の皆さまと共に進めてまいります。

学区を全ての人の「学びの区」に
荒木 先日の刊行記念講演会には小学校の同級生や、友達のお母さんたちが来てくれて「源ちゃん大きくなって」と(笑)。京都では地域の大人、子どもがお互いに気にし合う環境があります。子どもの頃、友達の親のさまざまな仕事を見たのも勉強になりましたね。自営業の人や職人さんを見ると大人や仕事、社会に対するイメージもできます。
門川 京都市ではみんなで子どもを気にかけ、大事にしていくことを「はぐくみ文化」と位置付け、「京都はぐくみ憲章」を制定して市民の皆さまと共にその輪を大きく広げています。
赤松 京都は子どもを育むシステムが充実している気がします。昔から働く女性が多かったから、みんなで育てるという意識があるのでしょう。地域のつながりもとても大事ですね。
荒木 小学校は本当に地域の中心。住む者には学校への思いが脈々と受け継がれていて、よそから来た人にも伝染している気がします。そして学校がどれだけ統廃合しても「学区」はあり続けるんです。
門川 京都出身の作家・村上春樹さんも「京都はみんな『学区』で話が弾みますね」とおっしゃっていました。みんなが愛着を寄せる学区は、子どもから大人までが生涯学び、育ち合う「学びの区」です。人生100年時代を迎え、人口減少や地球温暖化、地域コミュニティーの弱体化といろんな問題を抱える時代だからこそ、地域ぐるみの学びや子どもの教育、文化・芸術やものづくりにしっかりと軸足を置きながらまちづくりを進めてまいります。本日はありがとうございました。


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