ヘイトスピーチ(憎悪表現)に刑事罰を科す全国初の差別禁止条例が今月12日の川崎市議会で可決、成立した。「在日コリアン」のような、出自に関わる特定の集団に向けた差別的言動が50万円以下の罰金の対象となる。市が条例づくりを推し進めた背景には、地元で激化するヘイトスピーチがあった。

 

ヘイトスピーチへ刑事罰を科す川崎市の差別禁止条例案に、賛同を求めた市民集会(11月26日、川崎市)

川崎市では、2015~16年に2度、在日コリアン集住地域の桜本地区に「日本浄化」を主張するデモが迫った。差別的なプラカードを掲げた隊列が「1匹残らずたたき出す」「敵国人に死ね、殺せと言うのは当たり前」と叫んだ。

 「こんなことが今の時代に許されていいのか」。市内に住む在日コリアン2世の女性(88)は、幼い頃、軽蔑され陰口を言われた痛みがよみがえった。「昔受けた差別は子どもたちに味わってほしくない」。市議に条例案への賛成を要請して回った。

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 ヘイトスピーチをどう防ぐのか。京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)が標的となった09年の襲撃事件や川崎市のデモを経て、16年に施行された対策法は、罰則のない理念法で抑止の限界が指摘されている。実効性が期待される罰則条例の動静には、全国から注目が集まる。

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 川崎市では、在日コリアンらの地域生活を支える社会福祉法人が規制を求める運動の中心となり、地元の住民も協力した。桜本商店街振興組合理事長の男性(73)は「この街でずっと一緒に生きてきた。傍観者ではいられない」と話す。

 「条例は成立前から抑止効果を発揮している」。先頭に立って規制を訴えてきた、社会福祉法人職員で在日コリアン3世の崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(46)は11月下旬、条例案が採決の日を迎える前から実感を深めていた。

 インターネット上で脅迫や中傷にさらされ、ゴキブリの死骸が入った封書が届いたこともあった。だが、条例素案が公表された6月以降、相次いでいた職場への嫌がらせ電話がぴたりとやんだという。「生活の場に襲いかかるヘイトから私たちは逃げられない。条例は市民の盾となる宣言だ」と意義を語る。

■京都府は罰則条例に慎重

 一方、表現の自由の観点から、罰則による規制強化には慎重論が根強い。

 立命館大の市川正人教授(憲法学)は「問題のある表現でも、それを権力機関が処罰する時、乱用の恐れがある。他分野の表現に対する波及効果にも最大限の警戒が必要だ」と強調する。人の感情を害する言葉に広く規制がかかれば、「物言えぬ社会」に近づきかねない。「想像力を持って冷静に、規制に関わる議論をしていく必要がある」と指摘する。

 川崎市の条例素案のパブリックコメントには約1万8千通の意見が届いた。約6割が賛成だったが、「外国人関連の意見や批判など、正当な表現行為を萎縮させる」といった反対が約3割を占め、市は罰則適用の要件や手続きを厳格化した。

 規制強化の動きは広がるのか。10月上旬の京都府庁。市民団体メンバーが川崎市の情勢を引き合いに出しながら、京都市の嵐山で街宣車が「チャイニーズ、ゴーホーム」などと連呼する動画の抜粋を府幹部に示し、「ヘイトの現実を見ていただきたい」と訴えた。

 府は、ヘイトスピーチが予想される集会の公共施設使用を認めないガイドラインを整備済みだが、罰則条例については「全国統一の基準で罰則を科すのが本来の在り方。現行の法律で一定対応できている」と慎重な見解を示す。滋賀県では規制の具体的な動きはない。

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事件から丸10年となった朝、「ウリハッキョ(私たちの学校)」に登校する児童たち(12月4日午前8時31分、京都市伏見区・京都朝鮮初級学校)

 襲撃事件から10年となった今月4日。統合を経て京都市伏見区へ移った京都朝鮮初級学校は、いつもと同じ朝を迎えた。「アンニョンハセヨー(おはようございます)」。子どもたちの明るい声が響く。

 事件当時、児童の母親たちでつくる「オモニ会」の会長だった女性(51)は校庭を見渡し、「ここは、自分たちが自分たちでいられる場所。これからも絶対に守らんとね」と話した。ホームルームまでの時間を惜しんで、子どもたちがサッカーボールを追いかけていた。

【朝鮮学校襲撃事件】2009年12月4日、京都朝鮮第一初級学校に「在日特権を許さない市民の会(在特会)」メンバーら11人が押しかけ、約50分間にわたってヘイトスピーチを行った。うち4人は威力業務妨害罪などで有罪が確定。後日、同校周辺であった2度のデモ行進でも差別発言が乱発された。民事裁判で在特会側は、同校による隣接公園の「不法占拠」への「意見表明」と主張したが、京都地裁判決は「表面的な装い」と退け、人種差別と結論付けた。大阪高裁も地裁の判断を支持し、高額の賠償命令などに加え、民族教育の重要性を積極的に評価した判決が最高裁で確定した。

〈連載「ヘイト追跡 朝鮮学校襲撃事件10年」 全4回の4〉

※おことわり 連載記事には、在日コリアンを対象にした民族差別に該当する文言が複数登場します。京都新聞社は、差別の実態を共有するため文言をそのまま報道します。あらゆる憎悪犯罪や憎悪表現を許さない社会をつくる一助とする目的です。