「写真週報」に掲載された戦時下の女性の写真や資料が並んだ会場(滋賀県東近江市下中野町・県平和祈念館)

「写真週報」に掲載された戦時下の女性の写真や資料が並んだ会場(滋賀県東近江市下中野町・県平和祈念館)

 第2次世界大戦中のグラフ誌「写真週報」に掲載された女性たちの記事と、戦時下を生きた女性の体験談を合わせて紹介する企画展が、滋賀県東近江市下中野町の県平和祈念館で、このほど開かれた。当時の主婦や女学生らの暮らしぶりや思いに、来場者が触れた。

 写真週報は1938~45年、内閣情報部(後に内閣情報局)が戦意高揚や食糧増産を目的に刊行した。写真やイラストを多用しているのが特徴で、国家総動員体制の下、政府がどのような女性像を求めたかを読み取ることができる。

 会場には、大日本婦人会の活動や兵器工場で働く女学校生、フィリピンで傷病兵を治療する従軍看護婦などの記事や写真のほか、当時の女性が使った衣服、洋裁道具など計126点を展示した。

 戦時体験の聞き取り調査を進める同館が県内の女性24人から集めた証言もパネルで紹介。真綿の生産工場が設けられた水口高等女学校(現水口高)で、朝8時から夜6時まで働く生徒をたたえる誌面について、当時同高の生徒だった女性は「結核や急性髄膜炎で亡くなる子がいた」と証言し、過酷な労働環境だったことをうかがわせる。