「大学共通テストで論述試験を導入するなら、採点者の土台が必要だった」と語る細尾准教授(京都市北区・立命館大)

「大学共通テストで論述試験を導入するなら、採点者の土台が必要だった」と語る細尾准教授(京都市北区・立命館大)

 2020年度に始まる大学入学共通テストを巡り、政府が国語と数学への記述式問題の導入見送りを決定した。記述式の何がいけなかったのか。フランスでは大学入学資格を得ることができる試験は全て記述式という。同国の教育に詳しい立命館大文学部の細尾萌子准教授は、今回の見送りの背景には両国の採点体制の違いがあると指摘する。

 -フランスの大学入学の仕組みは。
 「高校3年末に受ける大学入学資格試験『バカロレア試験』に合格すれば、原則的に無選抜でどの大学でも入学させてきた。フランスでは、恵まれない人でも一定の能力さえあれば高等教育を受けられるべきだという権利意識が強いため、『選抜』という言い方はタブーとなっている。試験は論述が中心で、作問も採点も高校教員が行う。そのため採点には2週間ほどかかる。フランスでは大学入学前にバカロレア試験があるという前提で小中高校での授業が組まれるため、子どもたちは常に論述に対応する勉強をしている」
 -論述試験の採点を高校教員が行うことに不安はないのか。
 「フランスでは高校教員は教科の専門家と位置付けられており、教員以上に採点に適した人はいないと社会から信頼されている。そのため採点への苦情も少ない。採点者によって点数に大きな差がある時は、調整する仕組みもある。さらに各高校の担任は2人制。1人は進路指導の担当なので日本ほど労働時間が長くなく、採点にも対応できている」
 -日本では大学共通テストで記述式が見送られた。
 「記述式問題を導入すること自体は賛成だ。断片的な知識を暗記するだけでなく、互いに関連付けて考えるように高校生の学習目標も変わっていくからだ。しかし、そのためには土台の整備が必要だ。採点者がいないのに、試験だけ変えたところに根本的な問題がある。高校教員が採点を担うにしても、日本の教員は教科以外に進路指導など全人的な教育をするため、多忙で対応できないだろう」
 -どうすればよかったのか。
 「今回は政治主導で導入の見送りが決まった。しかし本来ならフランスのように高校教員と大学教員がもっと大学入試に主体的に関わるべきだ。その上で高校教員が採点に関われるように、教員の人数を増やすなどして対応すればよい。現実的には2次試験用の記述問題を高校と大学、大学入試センターで協働して作成し、使いたい大学が利用するようにしてはどうか。各大学のコストを削減でき、高校と大学の交流にもつながる」

■バカロレア試験
 1808年に創設された国家試験。合格者には中等教育の修了認定と高等教育の入学資格が付与される。日本で導入高校が増えている国際的な大学入学資格プログラム「国際バカロレア」とは無関係。
 問題は大半が論述。例えば歴史では、月面着陸の写真とベトナム戦争の反戦歌の歌詞を示し「二つの資料を分析し、1960年代末に米国が世界規模の大国になったことを示せ」といった問いに1時間半ほどで答える。
 論述試験が行われてきた背景には、フランスが共和国であることもある。国王がおらず、国民一人一人に主権がある。大統領も選挙で決まる。話し合いで違う価値観を認めつつ、一定の方向性を決める文化が根付いている。
 試験は全科目の平均点が20点満点中10点以上で合格となる。合格率は約9割。各大学で入学志望者が多数いる場合は、居住地や抽選で選定されてきた。フランスの大学は全て国立で、日本のような大学のランク付けもないため、2次試験もなく対応できる。
 近年は、大学入学後に留年や退学する人が約6割に上ることが課題となっている。そこで大学に見合った学力がある生徒を入学させるため、2018年度から高校の成績や居住地を基に上位から一定の入学者を決める制度が始まった。ただ事実上の「選抜」となるため、出身などにかかわらず大学教育を受けられるようにするバカロレア試験の理念から離れる、との指摘も出ている。
 また20年度からはバカロレア試験の40%を高校の内申点で評価する改革が始まる。狙いは試験に向けた詰め込み勉強の改善や、高校教員の作問や採点の負担を軽減することだが、教員組合などから「公平性が保てない」などとして反対の声も上がっている。

 ほそお・もえこ 京都大教育学研究科修了。近畿大教職教育部講師などを経て、2017年4月から現職。専門は教育方法論。