解体されて姿を消した「和凰美術館」跡(京都市山科区)

解体されて姿を消した「和凰美術館」跡(京都市山科区)

ツタが絡まって怪しい雰囲気を漂わせていた在りし日の「和凰美術館」(背後の建物)=2014年5月撮影、(京都市山科区)

ツタが絡まって怪しい雰囲気を漂わせていた在りし日の「和凰美術館」(背後の建物)=2014年5月撮影、(京都市山科区)

 九条山の「廃虚」として知られる「和凰(わこう)美術館」(京都市山科区日ノ岡)が取り壊されたことが分かった。洋画家の全和凰氏(1909~96年)が自宅兼アトリエとして62年に建てたが、死去後に放置され、外壁にツタが絡んで今にも崩れそうな外観を見せていた。廃虚ファンからは惜しむ声が上がりそうだが、付近の住民は「ひとまず安心」と胸をなで下ろす。

 全和凰氏は朝鮮半島の平安南道生まれ。戦前に京都に移住し、一燈園(いっとうえん)の西田天香や洋画家須田国太郎と交流した。観音菩薩(ぼさつ)など仏画を得意とし、81年には画業50年を回顧する個展を京都市美術館(左京区)で開いた。斜面地に自力で建てられたとされる「和凰美術館」はその後、空き家になって窓ガラスが割れたままなど荒れ放題の状態が続いた。
 「肝試しのつもりか、夜中に若者たちが訪れて騒いで迷惑した」。近くに住む80代の男性は振り返る。建物は、ほかの家屋と隣接して立っていた。市まち再生・創造推進室によると近年、倒壊への不安が近隣から寄せられ、市が所有者に改善を指導していたという。
 取り壊しは今夏に始まり、数カ月かけてほぼ終了した。近隣住民は「地震や台風が来るたびに崩れるんじゃないかと怖かったので、ほっとした」と話した。
 関係者からは惜しむ声も上がる。生前の全和凰氏と交流があり、作品を100点以上所有している私設の「京都王藝際美術館」(中京区)館長、王清一さん(78)は「数々の作品が描かれた貴重な場所が消えてしまって寂しい」と語った。