北野天満宮で出土した平安時代の壺。お経を納めた経塚が境内にあったことを裏付ける(京都市上京区・同宮)

北野天満宮で出土した平安時代の壺。お経を納めた経塚が境内にあったことを裏付ける(京都市上京区・同宮)

 北野天満宮(京都市上京区)はこのほど、お経を入れた経筒の容器とみられる平安時代後期の壺(つぼ)が境内地で出土したと発表した。仏教に由来し、文献や絵図には記録がない「経塚」があったことを裏付け、北野社が神仏習合の聖地として信仰されたことを示す。

 壺は高さ41・5センチ、最大径38・5センチ。僧侶が身に付ける袈裟(けさ)を思わせる「袈裟襷(だすき)文」が肩口に、へらによる線刻が下部にあった。中に経筒はなく、白地の砂が入っていた。平安期から鎌倉時代の12~13世紀に稼働した、愛知県の渥美半島で作られた陶器・渥美焼に似ており、京都国立博物館の久保智康名誉館員による見立てなどで、平安後期ごろに経筒を納めて埋められた壺と判断した。
 今年8月、紅梅殿の北側に桜を植樹しようとしたところ、壺が出土した。発見場所から南西約10メートルでは、1976年に経筒入りの平安後期の壺も見つかっている。
 北野文化研究所の松原史室長は「北野天満宮内では最古級の出土品」とし、「平安後期に仏教の末法思想が広がり、貴族らがお経を納める経塚が聖地に設けられるが、北野社にもあったことが確定的になる。壺の用途や神仏習合の信仰についてさらに調べたい」と話している。
 1月13日まで、同天満宮宝物館で展示する。開館は午前9時~午後4時。有料。