手話通訳者の全国患者会解散の報告書を手に「手話通訳者が犠牲になった歴史を教訓にしないといけない」と話す垰田准教授(大津市・滋賀医科大)

手話通訳者の全国患者会解散の報告書を手に「手話通訳者が犠牲になった歴史を教訓にしないといけない」と話す垰田准教授(大津市・滋賀医科大)

 腕や肩に激痛やけいれんが生じる「頸肩腕(けいけんわん)障害」に悩む手話通訳者たちの全国患者会が今春解散し、27年の活動に幕を下ろした。滋賀県の手話通訳者の発症をきっかけに発足し、各地で孤立しがちな患者同士の情報交換や交流の場となってきたが、「都道府県単位で手話通訳者のオーバーワークに伴う健康被害への理解が深まり、役割を終えた」と判断した。

 患者会は「全国手話通訳けいわん患者・健康を守る会」。手話通訳者は両手を上げた姿勢を保ったまま音声と手話を同時通訳する。目や耳、口だけでなく神経も使うことから心身の消耗は激しい。十分休養しないと重症化して体が思うように動かなくなり、日常生活にも支障が出てしまう。
 1988年、滋賀県でただ一人の専任手話通訳者だった女性が重度の頸肩腕障害と判明し、90年に労働災害が認められた。医師として女性を診断した滋賀医科大の垰田(たおだ)和史准教授(65)らによる全国調査で、同様の障害に悩む患者が各地にいることが分かり、92年8月に患者会が誕生。悩みや症状の改善方法を共有する交流集会を毎年催してきた。
 手話通訳者が当時健康を害した背景には、国際障害者年(81年)を機に聴覚障害者の社会参加が進む一方で手話通訳者が足りず、使命感から無理せざるを得ない事情があった。
 患者会は解散後の9月にまとめた報告書「時をつなぐ ことばを紡ぐ」に、12人の手記や解散に伴う座談会の内容を掲載した。兵庫県の女性は「紙はつまめずボタンは論外、着替えも食事もままならない。できない一つ一つが情けなく、悲しく、うつのらせん階段を降りていく」と闘病の日を振り返り、「患者会の仲間は同じ痛みが言わなくても分かる同志。顔を見るだけでうれしかった」と記す。
 握力が一時2キロに落ちた千葉県の女性は35年間通院しても完治せず、後輩たちに検診と早期の治療を呼び掛けている。「腕が泣いています」という別の患者の悲痛な手紙の写真もある。
 患者会顧問を務めた垰田准教授は「聴覚障害者の社会参加と手話通訳者の健康は両輪の関係。残念ながら今も発症は続いている。手話通訳者の腕が壊れる前に止められるルールを確立する必要がある」と話す。