明智光秀にちなんだTシャツや手拭いなどを多数商品化した増田染型(亀岡市曽我部町)

明智光秀にちなんだTシャツや手拭いなどを多数商品化した増田染型(亀岡市曽我部町)

裏切り者のイメージを変えようと、愛らしい光秀をあしらった商品(南丹市日吉町・地域の店ぴーぷる)

裏切り者のイメージを変えようと、愛らしい光秀をあしらった商品(南丹市日吉町・地域の店ぴーぷる)

光秀が本能寺の変を決意したとされる連歌を題材にした芋焼酎「ときはいま」(亀岡市下矢田町・サンフェステ本店)

光秀が本能寺の変を決意したとされる連歌を題材にした芋焼酎「ときはいま」(亀岡市下矢田町・サンフェステ本店)

 日本一有名な「裏切り者」と称しても過言ではない戦国武将、明智光秀。これまで、ゆかりの京都府亀岡市でさえ「関連商品は少なかった」(同市)という光秀も、主人公となる大河ドラマ放映を控え、続々とグッズが誕生している。各店舗は、全国的にはまだまだ根強い逆賊イメージの回復に知恵を絞っている。

 「てきは本能寺にあり」の文字が躍るTシャツ。販売する増田染型(亀岡市曽我部町)のヒット商品だ。三間上総専務(38)は「家族連れをターゲットに、ゆるいイメージで売り出している」と話す。
 三間さんは、本能寺の変で討ち取られた織田信長のお膝元、名古屋市出身。光秀に良い印象はなかったが、亀岡市に移ってから文人や愛妻家といった一面を知った。「光秀を詳しく知ろうというきっかけになれないか。そんな思いで商品化した」。家系図を記した手拭いなど、光秀グッズは100種類を越える。
 農事組合法人グリーン日吉(京都府南丹市日吉町)は丹波産黒大豆を使った「光秀せんべい」を開発。箱にかわいらしく踊る光秀を描き、デザインに関わった木村美穂さん(41)は「悪いイメージを薄めるため、親しみやすい絵にした」という。
 光秀は丹波攻めの拠点として、亀岡市に亀山城を築城。水害対策として高台に城下町を築くなど善政を引いた。しかし、市が「光秀公のまち」とPRするようになったのはごく最近だ。1973年に武者行列を「光秀祭」として始めたが、「裏切り者の名を冠するとは何事か」と苦情が寄せられ、10年後に「亀岡春まつり」に改名したこともある。2005年に再び「亀岡光秀まつり」に戻したが、多くの市民に親しまれる存在ではなかった。
 転機は11年。大河ドラマ誘致の動きが始まり、17年度、光秀像建立を目指して経済界が全国に呼び掛けた募金は、目標の1・4倍の2800万円集まった。イメージ回復を実感した商業者が動き出した。
 亀岡産ムラサキイモの焼酎を作る三煌産業(亀岡市大井町)は、本能寺の変を決意したとされる光秀の連歌から、「ときはいま」と名付けた。販売する関連会社の阪本雄一・卸事業部長(59)は「オーク樽で貯蔵した焼酎を開発した際、亀岡産をアピールできる商品名を探した。色づきや香りが『ちょうど、よく熟成した』という意味にもとれる歌を見つけた」。有名な光秀だけに、活用できるネタは多いようだ。
 今や全国から光が当たるようになったが、影の時代から販売する店もある。あずきの里(亀岡市河原林町)が、光秀の家紋であるキキョウをかたどった和菓子「京丹波 かめおか物語」を売り始めたのは約10年前。藤田幸雄代表取締役(52)は中学生の時、歴史の授業で、光秀を念頭に「亀岡に出る霧は『裏切り(霧)』」と冗談交じりに教えられたが、「時代を変えるには下克上も必要」と抵抗はなかった。「今ごろブームが来て驚いている。地元産小豆を使った和菓子なので、亀岡土産になればうれしい」と笑う。
 今年の「いだてん」は歴史的な低視聴率に終わり、光秀の「麒麟(きりん)がくる」も出演者の逮捕で、放映前からつまずいた。大河ドラマでイメージは逆転するか。丹波の商売人も視聴率に一喜一憂する日々が続きそうだ。