氷点下を記録した朝。京都市内を囲む真っ白な山並みをバックに飛ぶユリカモメ(京都市内)

氷点下を記録した朝。京都市内を囲む真っ白な山並みをバックに飛ぶユリカモメ(京都市内)

京都市の冬日の推移

京都市の冬日の推移

 「底冷え」と形容される京都の冬の気象に異変が起きている。京都の冬の寒さは古くから文学作品でたびたび取り上げられてきたが、この100年間で最低気温が0度を下回る「冬日」数は減少傾向にある。原因は都市化と温暖化。人にとっては過ごしやすくなったと思える半面、京の伝統野菜や生態系への影響を懸念する声も聞こえる。

 京都盆地は周囲を山で囲まれ、冬は冷気が逃げにくい地形となっている。気象庁は底冷えという用語を使っていないが、広辞苑は「身体のしんそこまで冷えること。そういう感じの寒さ」と定義している。
 清少納言は、冬の早朝を春の明け方、夏の夜、秋の夕暮れと並んで好んだ。冬の早朝に人々が暖を取るため火を急いで起こして炭を持ち運ぶ光景が「いかにも冬らしい」と枕草子に残している。明治の文豪、夏目漱石は1907年3月28日の日記に「京都ノfirst impression(第一印象) 寒イ」と書き込んだ。
 気象庁の統計によると明治、大正時代は京都で冬日が年100日を超える年は珍しくなかった。1901年は113日と、1年の3分の1近くを占めた。しかし、長期的に減少傾向にあり、2019年までの10年間の年平均日数は20・1日。10年間当たり7・1日の割合で減っており、19年は3日だけ。1919年は65日で、この100年間で20分の1になった。
 京都地方気象台は「温暖化やヒートアイランド現象の影響が大きい」とみる。
 年平均気温が100年間当たり2・1度の割合で上昇していることに加え、都市化で緑地が減り、地面を覆うコンクリートやアスファルトが昼に吸収した熱を夜に放出。建物や工場、自動車からの排熱も冷え込みを和らげている。
 京都府、滋賀県の他の観測地点で冬日の増減を調べると、舞鶴市は70年間で5分の1、彦根市は100年間で4分の1になっている。京都市ほどではなくても都市化や温暖化の影響は広く見られるようだ。
 農家は「暖冬は京野菜の味や南方系害虫の越冬や北上に影響している」と口をそろえる。比叡山の麓で畑を耕している京都府の「農の匠」の音川次清さん(83)=京都市左京区=は「寒さを耐えた野菜は引き締まるが、近年は本来のおいしさが薄まっている」。夏ではなく冬に葉が枯れる病気が起きているのも気がかりという。上京区の佐伯昌和さん(64)は「昔なら考えられなかった害虫が秋や冬に水菜やコカブにつくようになった」と話す。
 京都府農林水産技術センター主任研究員の徳丸晋さん(47)によると、5度以下では越冬できないミナミアオカメムシが2010年に京都市で初めて確認され、12年までに京都盆地全域に生息域が広がった、との論文が発表されている。
 京都地方気象台は「このまま気温が上昇すると、21世紀末の京都の年平均気温は現在の鹿児島より高くなり、冬日はなくなるかもしれない」と予測する。