東京五輪でソフトボールと野球の会場になった福島県営あずま球場。周囲にはのぼり旗が立ち、五輪ムードを盛り上げる(福島市)

東京五輪でソフトボールと野球の会場になった福島県営あずま球場。周囲にはのぼり旗が立ち、五輪ムードを盛り上げる(福島市)

 「復興五輪」を理念とする東京五輪を、福島の被災者はどう思うのか。昨年12月。野球・ソフトボールの会場となる県営あづま球場から約7キロ離れた福島市の復興公営住宅を訪ねた。

 4階建て鉄筋コンクリートの建物にはエレベーターもあり、整然としている。「私たちには関係ない」「何とも思っていません」。住人に声を掛けても言葉は少ないが、飯舘村出身という男性(75)が、思いを打ち明けてくれた。

 「オリンピックに合わせて国は(復興に)区切りをつけるという考え方なんでしょ」。東日本大震災後、居住制限区域になった自宅を離れ、避難生活は8年を超える。3年ほど前からこの復興住宅で妻と暮らす。団地内には交流スペースもあって不便はないが、望郷の念は積もる。

 かつてソフトボールのチームを作るほどスポーツは好き。五輪は楽しみだが、心からは喜べない。「何を言ったってあんまり意味がない。不平不満があっても、オリンピックを境に全てを打ち切りたいっていうのが国の本音でしょう」と諦めた様子で語った。地元である五輪の試合を見に行く予定はないという。

■東京が福島利用し金儲け

 1964年の東京五輪が敗戦からの復活をアピールしたように、2度目の祭典は震災からの復興が旗印とされる。「他に取り組むべき問題は多いのに、五輪なんて役に立たない。名ばかりのパフォーマンスだ」。福島県南相馬市の市長を2018年まで8年務めた桜井勝延(64)の口調は厳しい。

 福島原発の使用済み核燃料の搬出は遅れ、増え続ける処理水を保管するタンクにも限界がある。招致の際、首相が確約した「状況はコントロールされている」という言葉からは、ほど遠い。五輪関連の建設ラッシュが資材高騰や作業員不足に拍車をかけ、桜井は「五輪が逆に復興を遅らせている面もある。原発も五輪も、東京が福島を利用して金儲けする構図は変わらない」と指弾する。

 震災年は30万人を超えた避難者が、昨年は5万人以下に。3月にJR常磐線が全線復旧する予定で、仮設住宅から復興公営住宅への移行も進んだ。ただ、震災時に福島大で教えていた立命館大准教授の丹波史紀(46)らが17年に実施した双葉郡5町2村の住民アンケートによると、64歳以下の3割が無職という結果が出た。避難者の6割近くは「元の居住地に戻る気はない、戻れない」と回答。丹波は「暮らしの再建は途上にある」と指摘する。

■被災地を知る端緒に

 復興五輪とは何だろう。被災地でのイベントに積極参加し、福島で聖火ランナーも務める元サッカー女子日本代表の海堀あゆみ(33)=京都府長岡京市出身=に尋ねると、悩みながらも話してくれた。「心の傷は癒えないだろうし、本当に復興が進んでいるかは無責任に言えない。でも復興五輪とすることで、東北のことを考えてもらうきっかけにはなると思う。海外の人も含めて、本当の意味で被災地を知ってもらいたい」=敬称略

<シリーズ:ゆらめく聖火 東京五輪の風>