<これは天地が裂けたと思った>。大正末期に文壇にデビューし「新感覚派」の旗手で知られ、京滋にゆかりのある作家横光利一は関東大震災を経験した▼家がばたばたと倒れ、壁土がもうもうと上がった。<もう駄目だと思った>と東京帝国大での講演「転換期の文学」で語っている▼近年も全国で災害が毎年起きている。京都市を中心に平安期以降の災害に関する約180カ所を紹介した「京都の災害をめぐる」を読むと、京都も古来相次いでいたことを教えられる▼慶長伏見地震に室戸台風、京都大水害…。1185年の地震で堂の大半が倒壊した法勝寺の塔の石材が左京区の市動物園に残り、方丈記が記す「安元の大火」の火元の場所が下京区にあると知った▼同書はかつて京都大防災研究所に所属した研究者2人の共著。その一人加納靖之さんによると、講演会で「京都は安全な街と思っていた」という参加者の声が動機だった。都があったので災害に強いとの俗説に危機感を持ち「本が備えにつながれば」と願う▼きょうは横光の忌日。横光は「震災」と題した文で関東大震災の被害が大きくなった理由について、自分たちの存命中はないとの思いが<大声を発して警告し合う>ことを忘れさせたと書く。来月の阪神大震災25年を前に指摘は重く響く。