近代の神社建築の代表とされる近江神宮の社殿(大津市神宮町)

近代の神社建築の代表とされる近江神宮の社殿(大津市神宮町)

近江神宮の創建時の御鎮座祭の様子。内務大臣や内務省神社局長、滋賀県知事など多数の関係者が参列した(1940年11月7日撮影、京都日出新聞より)

近江神宮の創建時の御鎮座祭の様子。内務大臣や内務省神社局長、滋賀県知事など多数の関係者が参列した(1940年11月7日撮影、京都日出新聞より)

 「かるたの聖地」として近年注目される近江神宮(大津市神宮町)。競技かるたに打ち込む高校生たちを描いた漫画「ちはやふる」の人気を受け、参拝者の中には学生や外国人らの姿も多い。神武天皇即位の年を元年とする皇紀2600年に合わせ、1940(昭和15)年に創建された。


 祭神は、667年にこの地に遷都し、近江大津宮を造営した天智天皇。わずか5年余りの都だったが、湖国の発展の礎を築いた天智天皇をまつる神社をつくろうと、住民らの声が高まった。明治以降、政府への請願運動などを続けた結果、ようやく創建にこぎ着けた。近江神宮の岩崎謙治禰冝(ねぎ)(62)は「長い間の努力が実った。完成した姿を見て、創建を願った人たちの喜びもひとしおだっただろう」と思いをはせる。
 社殿は「近江造り」や「昭和造り」と呼ばれ、内拝殿と下拝殿に分かれた拝殿を回廊でつなぎ、内拝殿と奥の本殿を登廊と呼ばれる階段で結ぶ。近代神社建築の代表とされ、1998年に国の登録有形文化財になった。天智天皇は漏刻(水時計)を設置したことから、時刻制度の創始者とされるが、最近はかるたが知名度を高めている。
 天智天皇が小倉百人一首のトップを飾ることにちなみ、69年以降、競技かるた名人位・クイーン位決定戦など、近江神宮を会場に競技かるたの大会が行われるようになった。聖地のイメージを決定づけた「ちはやふる」では、登場人物たちの憧れの地として描かれる。
 74年、境内にほど近い場所で近江大津宮跡が発見された。創建当時は宮跡の場所がはっきり分かっていなかったが、偶然にもゆかりの地で創建をと願った住民たちの思いにかなう形になった。岩崎さんは「漫画など新しい文化を入り口に、地域の歴史に関心を持ってもらえたら」と話す。