さとう・まさる 1960年生まれ。外務省主任分析官としてロシア問題を担当。退職後は作家として「自壊する帝国」で大宅賞、新潮ドキュメント賞受賞。近著に「平成史」ほか多数。

 外務省に外交伝書使(クーリエ)という仕事がある。秘密文書や暗号用機材を外交行嚢(こうのう)に入れて、蝋で封印し、肌身離さずに運搬する仕事だ。私は1995年1月17日にモスクワを発(た)って、翌18日に東京に着く日程で外交伝書使を命じられた。

 日本に約1週間滞在してから、モスクワに戻る。この機会に久しぶりに母校の同志社大学神学部を訪ねようと思った。モスクワを出発する日の早朝(日本時間の昼)に野本真也神学部長(当時、現在は同志社大学名誉教授)に面会したいと電話した。

 野本先生は電話に出るとすぐに、「実は、今朝、神戸付近で大きな地震があった。相当数の死傷者が出ている。うちの学生にも被害者がでていると思う」と言った。関西では大地震は起きないと私は思っていたので大きな衝撃を受けた。野本先生との電話が終わると、私は大使館の関西出身者に地震の話を伝えた。私の情報が第一報となって大使館は大騒ぎになった。翌18日に成田空港に着いた瞬間から、重苦しい雰囲気が皮膚感覚で伝わってきた。

 現在は、インターネットで日本で起きたことも瞬時にモスクワで知ることができる。それと同時に新たな脅威も生まれている。地震や台風などの災害に合わせて、サイバー攻撃がなされる可能性だ。電気や水道が停止しても、それが天災によるものか、サイバー攻撃によるものかを直ちに判断することはできない。サイバー攻撃の専門家は、こういう隙を巧みに突いてくる。

 サイバー攻撃に対する防御態勢を構築する上で重要なのは性悪説原理に立つことだ。キリスト教では、すべての人間が原罪を負っていると考える。罪が形になると悪になる。欧米のキリスト教文化圏では、世俗化された制度にも性悪説原理が埋め込まれている。だから、地震、大雨、山火事などの天災があると、そこに付け込んだサイバー攻撃が行われることを警戒する。

 地球的規模の気候変動が日本にも及んでいることは2018年7月の京都の記録的大雨や全国各地に被害をもたらした19年10月の台風19号からも明らかだ。しかし、そのような災害のときにサイバー攻撃の危険性に政府も地方自治体もマスメディアも関心を払わなかった。

 サイバーセキュリティーの重要性は誰もが認識しているが、災害時に付け込んで悪事を行うような人や組織があるという想像力が働かないのであろう。こういうときに性悪説を原理とするキリスト教神学が役に立つ。(作家)