取り付けた急発進防止装置のスイッチを確かめる山口さん(井手町多賀)

取り付けた急発進防止装置のスイッチを確かめる山口さん(井手町多賀)

城陽高生が考案した免許返納クイズのチラシ。答えの文字をつなげると「じしゅへんのう」が浮かび上がる

城陽高生が考案した免許返納クイズのチラシ。答えの文字をつなげると「じしゅへんのう」が浮かび上がる

 気付いた時、運転していた車は崖の手前ぎりぎりまで進んでいた。下に、川が見える。急いでハンドルを切り、木にぶつかって止まった。けがはなかったが、車両の前部分が大破。京都府宇治田原町の今井林三さん(89)は2018年春、自宅に近い墓地の駐車場で事故を起こした。
 「平地だと思って進んでいた。そのまま落ちたら死んでいたかも分からん。慣れた道なのに…」と振り返る。高齢ドライバーの事故のニュースに触れるたび「一日でも早く免許返納したい」と思うものの、日々の生活を考えると、踏み切れずにいる。
 高齢ドライバーによる危険運転が社会問題になり、高齢者が運転免許証を自主返納する動きが進む。京都府の75歳以上の年間返納者数は、05年の225人から18年には5673人と増えた。
 運転免許の返納は、その日から移動手段の柱を失うことになる。公共交通が十分に整っていない地域で、移動の自由の制約は、人権に関わる。生活リズムの急変で、心身の健康への影響を懸念する高齢者も多い。
 今井さんは25年前、大津市から宇治田原町へ引っ越してきた。スクールバスの運転経験もあり、運転技術には自信があった。車移動が中心の生活が当たり前だと思っていた。
 5年ほど前から「視野が狭くなってきたかもしれない」と免許返納を考え始めた。ただ、週4回の買い物や週2回の通院など日常生活の全ての用事を1時間に1本程度のバスで完結させるのは難しい現実がある。悩んだ末、今は、町内の移動に限って運転する。「宇治田原に住み続けたいけど、いよいよ運転できんようになったら、(交通網の整った)街に移らんとあかんかなぁ」
 高齢ドライバーの事故防止で、70歳以上は免許更新時に「高齢者講習」があり、75歳以上には認知機能検査が求められている。免許自主返納は、運転に不安を抱く高齢者の選択肢の一つ。運転の不安と、移動の必要性の間で、高齢者自身の心も揺れる。
 免許返納への抵抗感を薄め、考えてもらうきっかけをつくろうと、城陽署は、孫世代に当たる城陽高の生徒たちにチラシの作成を依頼した。地元の歴史や文化についてのクイズを交えたユニークな内容で、大塚照美署長は「多様な選択肢があると伝えて検討してもらいたい」と話す。宇治署は、自主返納の相談窓口を大型商業施設で開き、車のない生活を体験した上で検討してもらう「お試し返納」制度の周知を進める。

■テクノロジーで運転手助けの動きも

 高齢者を車から遠ざけるのでなく、近年の技術革新を生かし、安心して運転できるよう手助けするという発想での動きも広がる。その一つが急発進防止装置の活用だ。停止や徐行をする時にアクセルペダルを急激に踏み込んだ場合、急発進を抑制する。4万円程度の価格で、後付けで車に設置できる。
 京都府井手町は19年度から新たに、この装置の取り付け助成を始めた。70歳以上の住民が対象で、町が取り付けに必要な費用の半分を補助する。
 町内の集落や市街地を結ぶバス路線がなく、移動には車が必須な同町。最初に申し込んだ山口宇代さん(73)は「付けると安心感が違う」と話す。
 走行距離は1年で1万キロ。親戚の住む岐阜県や三重県へも車移動を選ぶ山口さんだが「長距離の運転は危ない」と同居する息子から注意されていた。家族の送迎など車を使う場面はまだまだ多いため、安全に運転を続けたいと思っていた時に、町の補助が始まった。「息子も少し安心したみたい。運転の制限は年で区切るのでなく、やめたいと思った時がやめどき。それまで安全な運転ができるよう、こういう助けがあるのはいい」

 住民の生活支援も担う井手町社会福祉協議会の西島栄治事務局長は「安全な移動手段が増えるのは、高齢者にとってもいいこと」と歓迎する。町社協が地域福祉活動計画策定のため5年ごとに行う住民アンケートでも「地区の気になるところ」の設問で絶えず、「買い物など日常生活が不便」「診療所など医療機関が遠い」「鉄道などの公共交通が不便」と、交通・移動関連の課題が上位を占める。
 町社協には病院の利用者を送迎する有償サービスもあるが、申し込み制で距離の制限もある。「急に移動が制限されるとショックを受けるお年寄りもいるだろう。自動運転など技術の助けを借りながら移動ができるようになれば」と期待する。
 人生を愛車と共に過ごしてきた高齢者も多い。技術革新や周囲の助けも借り、どうすれば安全に運転を続けられるか。本人が運転できなくなった時に、何が代わりを果たすのか。それぞれに工夫と模索が続く。