紫草を育てる農地で、収穫した根を持つ前川さん(右)と化粧品を手にするあやのさん=東近江市君ケ畑町

紫草を育てる農地で、収穫した根を持つ前川さん(右)と化粧品を手にするあやのさん=東近江市君ケ畑町

「万葉の詠姫」シリーズの陶器を見つめる布引焼2代目窯元の小嶋さん(同市外町)

「万葉の詠姫」シリーズの陶器を見つめる布引焼2代目窯元の小嶋さん(同市外町)

 三重県境にある滋賀県東近江市の奥永源寺地域で、まちおこしに取り組む株式会社「みんなの奥永源寺」に昨年12月上旬、吉報が届いた。

 万葉歌に詠まれた紫草(むらさき)を使った同社の化粧品シリーズ「MURASAKIno ORGANIC」が、マーケティング会社などが世界への販路拡大を支援する「おもてなしセレクション」に選ばれた。在住外国人の推薦を受けた品々の一つとして成田、羽田の両空港の免税店にも並ぶという。地域おこし協力隊を経て、2017年に同社を立ち上げた代表の前川真司さん(32)=同市君ケ畑町=は「今夏は東京五輪がある。国内外に万葉文化に深く関わる東近江を知ってもらうチャンス」と語る。
 商品は、肌の再生効果が高いとされる紫草の根のエキスを使った化粧水や乳液など5種類。約200平方メートルの農地で、地元住民や妻のあやのさん(33)と500株を育て、商品開発には前川さんが講師を務めた同市の八日市南高の生徒らも携わる。18年にはフランスのルーブル美術館で開かれた世界最大級の化粧品展示会に出品、東急ハンズや平和堂などで扱われ、今後は男性用ヘアトニックも販売する予定だ。
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 市西部には、大海人皇子と天智天皇が遊猟に訪れ、額田王が相聞歌「あかねさす」を詠んだ「蒲生野」が広がる。初夏には紫草のかれんな白い花が咲き誇ったと伝えられ、東近江市は全国で唯一、「市の花」に選定し、紫草や歌を題材に万葉ゆかりの地としてアピールしてきた。
 当時の風景をよみがえらせる陶芸「布引焼」も市の名物になった。約60年前、蒲生野の布引山で、7世紀に来た百済(くだら)の人々が作ったとみられる高い技術水準の窯が見つかり、それをヒントに誕生。2代目窯元の小嶋一浩さん(47)=同市外町=は昨年、額田王と当時のみやびをイメージした「万葉の詠姫(うたひめ)」シリーズを完成させ、「ここにも万葉ロマンがある。ストーリーがあれば訪れてくれる人は多いはず」と活性化を願う。
 ただ、まちおこしの難しさも知る。前身の旧八日市市による「蒲生野万葉まつり」は、2005年以降の市町合併で途絶えた。市内には「万葉の森船岡山」公園や、蒲生野遊猟の様子を描いた布引焼のレリーフなどがあるが、「いまいち花開かなかった」と小嶋さん。市学芸員の福井瞳さん(26)も「合併後、市全体の宝だと根付いていないのかな。『あかねさす』は自慢できると、多くの市民が再認識すれば魅力を広められるのに」と機運の高まりに期待する。
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 改元後、令和の典拠となった万葉歌が詠まれたとされる大宰(だざい)府政庁跡(福岡県太宰府市)にある坂本八幡宮には参拝者が押し寄せた。近江大津宮を造営した天智天皇をまつる近江神宮(大津市)では歌碑を巡る人々の姿も増えたといい、佐藤久忠宮司(84)は「一過性の流れにならないよう、国書が伝える和の精神を境内で感じてもらえるよう工夫したい」と語る。すでに奈良市など全国9市村は「全国万葉故地(こち)サミット」として広域的に魅力を発信しており、東近江市は「歴史的資源や伝統に磨きをかけて後世に伝えていくため、さまざまな都市ともネットワーク化を図りたい」と連携を見据える。
 新年を迎え、道の駅「奥永源寺渓流の里」(同市蓼畑町)には「万葉コラボ福袋」が登場した。中身は、MURASAKInoのコスメと布引焼の「詠姫」フォトフレーム。「手を取り合って相乗効果を期待したい」とする前川さんは今後、地域で雇用を創出し、活気づけようと奮闘する。「万葉集にゆかりのある地が盛り上がっている。滋賀も人ごとではない。『近江の人よ、立ち上がれ』と声を上げたい」