こうの・としゆき 1958年生まれ。京都大で学び、専門は国際文化遺産法など。2017年からユネスコの諮問機関で世界文化遺産の登録審査を担う国際記念物遺跡会議(イコモス)会長。

 イスラム国に破壊されたパルミラ遺跡(シリア)、地震による被害を受けたカトマンズ(ネパール)や熊本のように、近年文化財の大規模被害の例が増えている。

 このような文化財の損傷や喪失は、紛争地域や自然災害多発地域に限定した事象ではなく、何時、どこで発生しても不思議はない。

 このことをまざまざと見せつけたのが、2019年4月発生で未(いま)だ原因不明のノートルダム大聖堂の火災であった。溶けた鉛屋根からの鉛害防止策(フランスでは今も屋根に鉛を用いる)、昨年7月に成立したノートルダム修復特別法下に設置された特別組織が、12月1日まで発足しなかった等の事情で、修復にこれまで目立った進展は見られなかった。

 今後、火災前の修復用に組まれていた足場の解体(これに1年はかかるとみられる)、残存壁の強度計算等が行われると同時に、修復方針に関する議論が本格化するだろう。

 また、被災した文化財の価値と真実性(オーセンティシティー)をどのように再評価し、確保するのかという文化財保護の根幹に関わる議論も避けることはできないだろう。

 この火災の半年後、沖縄県で首里城正殿が焼失した。ノートルダム大聖堂はフランス法上歴史的モニュメントとして保護され、世界遺産「セーヌ河畔」の構成要素でもあるのに対し、建造物としての首里城正殿自体は、日本の文化財保護法上の指定を受けた文化財ではなく、世界遺産の構成要素でもなかった。

 しかし、社会が受けた衝撃、再建に向けて示された強い思いと反応は大聖堂と驚くほど似ているように思われた。失われた首里城正殿は、築30年に満たない復元建造物であったが、琉球王朝の歴史と沖縄の戦禍、アイデンティティーを、人々に想起させるモニュメントになっていたのである。

 図らずも文化財として保護されていなかった首里城正殿の焼失を通して、過去から未来に向けたプロセスを具現化するものである文化財のもつ社会的意義が、可視化されたように思われる。また保護とは保全のための多くの営為が積み重ねられるプロセスであること、再建もその一部に位置づけられうることも同時に見えたように思われる。

 文化財はカテゴリーの細分化が進む一方、文化財に期待される社会的役割は、たとえば戦後復興、気候変動、社会的包摂等のように一般的な広がりをもつようになっている。ノートルダム大聖堂と首里城正殿再建は、政策決定過程も含め、比較分析することで文化財保護に関して見えてくることがたくさんあるように思われる。(九州大法学研究院教授)