天高く舞う凧(たこ)に新年の希望を託した方もおられよう。凧揚げは江戸期、近畿ではイカのぼりと呼ばれていた(堀井令以知著「折々の京ことば」)。大量のイカを箱詰めするアルバイトを通して平和を考える本を書き残した在野の哲学者を思い起こした▼綾部市の故波多野一郎さんである。「烏賊(いか)の哲学」を少部数のみ自費出版し今年で55年になる。グンゼ創業者波多野鶴吉の孫で、戦時中は特攻隊、終戦後にシベリア抑留を経験した。哲学を学ぶため米国に留学する▼アルバイト中に、生死のはざまにいるイカと特攻隊出撃を待つ極限の自分はそっくりだと直観し、イカの実存に共感する▼漁網で一網打尽にする光景は、人間の上に原子爆弾を投下するのと同じ構造だと指摘した。イカを資源やモノではなく、心を持った存在として捉えた。<大切なことは実存を感知すること>。異国の人でも互いの存在を認め合うことが世界平和の鍵だと説く▼鶴吉の創業の精神「共存共栄」にも通じる。人類学者の中沢新一さんが12年前に全文を復刻し、波多野さんの思想を深く掘り下げた。地球環境の危機に立ち向かうエコロジーの知恵にとっても土台となると記す▼五輪イヤー、戦後75年…。分岐点の年に、烏賊の哲学を手掛かりに糸の先の未来をしっかりと見つめたい。