「すごいものが出ている」。駆けつけた発掘現場では、堀跡を埋める赤茶けた瓦の数々が火炎の激しさを物語っていた。大きく刻まれた「能」の異体字。カメラを持つ手が震えた▼本能寺の変が起きた旧境内(京都市中京区西洞院通六角下ル)の発掘調査は2007年に行われた。石垣など城塞(じょうさい)のような大がかりな工事も施されていた▼明智光秀はなぜ主君織田信長を殺害したのか。光秀が主人公の大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の放映が始まる。日本史上最大の謎をどう描くか楽しみだ▼信長の横暴に耐えかね暴発したとか、朝廷や室町将軍が黒幕とか、巷(ちまた)に流布する説は光秀の意志・力量を過小評価する傾向が強いが「自ら天下を目指した」と考えるのが自然ではないか▼世は下克上。光秀も実力で信長家臣団の筆頭にのし上がった。有力武将が軒並み遠隔地に出征し、京の守りが手薄という千載一遇のチャンスを前にして、座して支配下に甘んじるよりもあえて打って出る道を選んだのでは▼だがトップを殺しただけでは権力は握れない。豊臣秀吉や徳川家康は教訓としたことだろう。政治力を駆使し、時が満ちるのを待ち、人心の掌握に務めた。「逆臣」の烙印(らくいん)を押され、身分秩序の確立に利用される光秀だが、皮肉な形で太平の世に道を開いたと言えまいか。