著者の川越宗一さん

著者の川越宗一さん

 明治から昭和前期にかけて、帝国日本とロシア・ソ連との間で揺れた樺太(サハリン)に、たくましく生きるアイヌの人たちがいた。昨年、松本清張賞を受賞した作家川越宗一さんの長編第2作「熱源」は、数奇な史実を導きの糸に、極東の島と欧州を股に掛けて紡がれた壮大な物語だ。「困難な時代、故郷を失った人がどのように生きたのか、想像したかった」
 北海道・対雁(ツイシカリ)村。千島・樺太交換条約(1875年)に伴って移住してきた800人以上の樺太アイヌが暮らしていた。その中のヤヨマネフク、シシラトカ、千徳太郎治の若者3人が物語を動かす。同世代の和人からは「犬」呼ばわりされ、学校では「野蛮なやりかたを捨てて、開けた文明的な暮らしを覚えましょう」と説かれる日々。悩みながら三者三様、自らの生き方を選んでいく。
 時を経て3人は生まれ故郷の樺太で再会する。そして、祖国を失ったポーランド人の流刑者ブロニスワフの人生と交錯していく。「ロシア皇帝暗殺を謀った罪で流され、やがてアイヌの生活を記録することになる文化人類学者。しかも、その弟は後にポーランドを建国するヨゼフ・ピウスツキ。そんな魅力的な人物から、北半球をつなぐ物語の構想が膨らんだ」と明かす。
 アイヌの3人も実在の人物。ヤヨマネフク、シシラトカは犬ぞりの手腕を買われて南極探検隊に加わった。太郎治はブロニスワフとともにアイヌの学校を設立した教育者だ。「終盤は南半球の端まで展開する。少し風呂敷を広げすぎましたね」と苦笑いするが、軸はぶれない。大国に挟まれた「あわい(間)」に生きる人々への優しいまなざしだ。
 主役が入れ替わりつつ進行する。一つの「正義」を絶対視せず、「いろんな視点から、それこそ群盲が象をなでるように、人々の営み、歴史をあぶり出していきたい」から。民族意識や自尊心、排外主義、差別…。「異なる背景の人たちが、同じ共同体で暮らしていくには、どんな想像力が必要なのでしょうか」と語る。読者は、遠い土地、遠い時代の話に耳を傾けているつもりが、ふと、この国の現在に投げ掛けられている問いに直面する。(「熱源」は文芸春秋刊・2035円)

 かわごえ・そういち 1978年大阪市生まれ。京都市北区在住。「天地に燦たり」で第25回松本清張賞。