解体直前の富永屋の屋内。老朽化が進み、傾き始めていた

解体直前の富永屋の屋内。老朽化が進み、傾き始めていた

特徴的な意匠の欄間。伝統建築家・安井清さんが高く評価していた

特徴的な意匠の欄間。伝統建築家・安井清さんが高く評価していた

勾玉型のおくどさん。街道沿いに建つ町家特有の形式だ

勾玉型のおくどさん。街道沿いに建つ町家特有の形式だ

樹齢280年以上とみられるヤマモモの木

樹齢280年以上とみられるヤマモモの木

戦後、飲食店を開く際に大きく改装された土間。存続の費用を賄うための選択だった

戦後、飲食店を開く際に大きく改装された土間。存続の費用を賄うための選択だった

 解体工事が行われている旧旅籠(はたご)「富永屋」(京都府向日市寺戸町)は、400年以上前から今の場所にあった記録が残る。旅籠の名残をうかがわせる座敷や趣向を凝らした意匠などは、富永屋の価値や歴史を伝える貴重な資料ともいえる。所有者の承諾を得て、京都新聞社は工事前に敷地内を撮影した。

 現在の建物は、1735(享保20)年の棟札が残る。土壁と褐色の大きなはりが印象的だ。
 入り口付近に広い土間がある。戦後飲食店を開いた名残で、居室空間を大きく改装した。多額の相続税を工面し、富永屋を存続させるための選択だった。
 東隣には6畳間が続く。2間を固める差し鴨居(かもい)の上部には、菊水文様の欄間がある。桂離宮の昭和の大修理などに携わった向日市出身の伝統建築家安井清さんが、生前高く評価していた。富永屋の修繕を計画する中、「この欄間は誰にも触らせるな。俺がやる」と話していたという。工事前に取り外され、市文化資料館へ移された。
 北側の部屋には、大型のかまど「おくどさん」がある。間口が狭い京町家のように壁に接した細長い形状ではなく、勾玉(まがたま)状になっている。京町家に詳しい京都府立大の大場修教授によると、都市郊外型の町家でも同様の形状がみられ、「農家のおくどさんと共通の形式でもある。富永屋の特徴の一端を示す貴重な資料」という。
 中庭には樹齢280年以上とみられるヤマモモの木があった。建物を超える程に成長。戦前、熟れた実は軒先で販売されていた。